野ボール横丁BACK NUMBER
大谷翔平を超えていた“消えた天才”は今「私みたいになって欲しくない」なぜプロ野球を諦めたのか? 仙台育英の同級生“ベンチ外”松原聖弥はプロに…
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byNumber Web
posted2024/07/07 11:03
30歳になった現在の渡辺郁也さん
2人目の子が誕生予定…渡辺の今
渡辺は高校のときから付き合っていた彼女と交際10年目の年、2019年に結婚した。そして、その2年後に女の子を授かっている。今年の9月には2人目の子どもが誕生する予定だ。渡辺は顔をほころばせる。
「子どもって、できるまでやるんですよね。鉄棒とか。自分の可能性を捨てていない。そういうのを見てると幸せな気持ちになれるんですよ」
渡辺にとって子どもは野球を手放してから初めて得た確かな幸福だった。その満たされた思いが長いこと居座っていた劣等感を押しのけ、心に空きスペースをつくってくれた。今、そこの一部に、久々に「野球」を入れている。
「もうちょっと落ち着いたら、少年野球とかで野球を教えたいなって思いはあります。いちばん楽しかった時期でもあるし、私みたいになって欲しくないというのもあります。挫折したとき、大人の助言も必要だと思うので」
早い段階で栄光をつかんでしまったことを後悔しているかと問うと、渡辺はやんわりと否定した。
「誰もが経験できることではないので。人から評価されるのは悪いことではないじゃないですか」
小学校時代、ジャンボ大会で優勝し、楽天ジュニアに選ばれた渡辺は近隣エリアではちょっとした有名人だった。父親の自動車整備工場にやってくる大人たちは将来を見越し、渡辺にサインや記念撮影をせがんできたという。それは今も渡辺の中で小さな誇りになっているようだった。
「大谷に『幸せですか?』って聞いてみたい」
話に夢中になるあまり、われわれは飲むばかりで、ほとんど食事に手を付けていなかった。居酒屋を出たところで、大谷に会ってみたいと思うかと尋ねた。
「今なら会ってみたいですね。自分のこと覚えているか聞いてみたいです。さすがにエースだったので、認知はしていて欲しいです」
そして、こう付け加えた。
「あと、『幸せですか?』って聞いてみたいです。大谷って、本音でしゃべってない感が満載じゃないですか」
そう言って控えめに笑った。仙台の夜は、すでに汗ばむほどの湿気を含んでいた。