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欧州サッカーPRESSBACK NUMBER
「アツトは外国でも監督を」「タクミはJの頃から…」マンU指揮官・ラングニックが語る内田篤人と南野拓実の評価
posted2021/12/23 11:03
text by
アレクシス・メヌーゲAlexis Menuge
photograph by
Getty Images
現在マンチェスター・ユナイテッドの暫定監督を務めるラルフ・ラングニックは、日本と少なからぬ縁がある指揮官だ。
2011年3月にシャルケの監督に就任したときには、チームに内田篤人がいた。
ラングニックは国内で不調に陥っていたチームを立て直し、CL準々決勝でインテルに競り勝ち、シャルケ史上初のCLベスト4を成し遂げた。その後、ラングニックがバーンアウト症候群に陥ってわずか半年で退任となったが、内田にとっても濃密な時間だったに違いない。
また2015年1月、レッドブル・ザルツブルクのスポーツダイレクター時代には、南野拓実をセレッソ大阪から獲得した。
半年後、ラングニックは“姉妹クラブ”のRBライプツィヒに専念してザルツブルクから離れたが、のちに南野がリバプールへ旅立ち、「教授」の目利きが再び証明された。
ユナイテッドで3試合の指揮を執ったラングニックがドイツに一時帰国した際、日本人選手や現代フットボールについて話を聞いた。
タクミについて、実はライプツィヒへの補強も考えていた
――あなたはザルツブルクのスポーツダイレクター時代、南野拓実を獲得しましたね。当時彼をどう評価し、そして今どう見ていますか?
「タクミとのことを振り返ることができて嬉しいよ。Jリーグにいるときからずっと追っていたからね。タクミはザルツブルク時代、学ぶ意欲に溢れ、常に向上しようとしていた。一緒に働きたいと思わせる選手だ。彼は母国から遠く離れた異国でも自分の力を発揮し、物事をやり通す力があることを証明した。
実はタクミがザルツブルクで非常に良いプレーをしていたので、ライプツィヒへの補強も考えたんだ。私が2015年夏にザルツブルクを離れてライプツィヒのスポーツダイレクターに専念するようになってから、タクミの名前は常に獲得候補のリストにあがっていた。プレースタイルのうえでも非常にマッチするからね。
今、リバプール内で出番が少ないのは残念だが、フィルミーノ、サディオ・マネ、モハメド・サラー、ディオゴ・ジョタらとポジションを争うのは誰でも簡単ではないだろう。
それでも試合に出たときには、テクニックを生かして、何か新しい風をピッチに吹き込んでやろうという気持ちが伝わってくる。
ユルゲン・クロップ監督と話したところ、タクミの態度やトレーニングの取り組みにとても満足していると言っていたよ。そして愛想の良い人柄も評価していた」
アツトも同じように常に学ぼうとし……
――あなたはシャルケの監督時代、2011年3月から9月まで、内田篤人を指導しましたね。