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ざわつく甲子園スタンド「大阪桐蔭ムチャ打つやろね」が裏切られた日…高校野球“番狂わせ”の新常識「なぜ超名門校は110キロ台“遅いピッチャー”が苦手?」 

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生島淳

生島淳Jun Ikushima

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posted2024/08/22 11:41

ざわつく甲子園スタンド「大阪桐蔭ムチャ打つやろね」が裏切られた日…高校野球“番狂わせ”の新常識「なぜ超名門校は110キロ台“遅いピッチャー”が苦手?」<Number Web> photograph by KYODO

2回戦で敗れ、涙を流す大阪桐蔭ナイン。大会前は優勝候補の本命に推す声も多かった

 私が現場で見たなかで印象的だったのは、2022年の西東京大会5回戦、早稲田実業と国立高校の対戦だった(今大会、木製バットの使用で注目されている早実の宇野真仁朗は、1年生ながら3番を任されていた)。

 このとき、早実は国立の投手、不破倖志朗の110キロ台のストレートにタイミングが合わなかった。それでも早実は4回表に5番のヒットを足掛かりに7番、8番、9番の3連続ヒットで3点を挙げたのだが、ピンチを迎えたこのときだけ、不破は全力投球しているように見え、実際に球速は120キロ台を記録した。

 ところが、打たれた。120キロ台は甲子園を目指す学校にとって、「打ちごろ」なのだ。

 力で抑えようと思い切り投げると、かえってタイミングが合ってしまう。

 面白いことに遅球に戻った不破は、そのあと早実打線を抑えた。一方、国立は2安打オンリーでスコアすることができず(残念ながら、点を取れる雰囲気もなかった)、早実は3対0で勝利したわけだが、この日、光っていたのは早実打線を翻弄した不破だった(彼は1番・投手で、試合後、東大のリクルーターが声を掛けていたのが私にとっては面白かった。どうやら彼は京都大学に進んだようだ)。

“番狂わせ”の条件

 このような試合が、毎年どこかで展開される。強豪校にとって、軟投派は落とし穴になりかねないのだ。

 ただし、軟投派のエースを擁する学校が勝ち抜くこともまた、難しい。

 今回の夏の甲子園に話を戻すと、小松大谷は3回戦の智弁学園戦で背番号18の左腕・中田凛を先発マウンドに送り、西川はリリーフに回ったが、3対6で敗れた。霞ヶ浦の市村は滋賀学園戦でも先発したが、4回まで被安打9、5失点と攻略されてしまった。滋賀学園がきっちり対応してきた印象だ。

 メディアは、どうしても速球派の投手に注目しがちだが、名門校が相次いで軟投派の投手に手を焼いたのを見ると、たとえ遅い球であっても、制球力の良い投手がいる学校には番狂わせのチャンスがあると思う。

 智弁和歌山戦で、霞ヶ浦の市村の与四球は1(ただし与死球は2)、大阪桐蔭戦での小松大谷の西川の与四球は1だけだった。

 速さに目を奪われる時代だからこそ、遅い球は生きる。

 名門校を倒した市村と西川の投球は、なんとも忘れがたい余韻を残している。

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