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ざわつく甲子園スタンド「大阪桐蔭ムチャ打つやろね」が裏切られた日…高校野球“番狂わせ”の新常識「なぜ超名門校は110キロ台“遅いピッチャー”が苦手?」
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byKYODO
posted2024/08/22 11:41
2回戦で敗れ、涙を流す大阪桐蔭ナイン。大会前は優勝候補の本命に推す声も多かった
2巡目に入ってから、7回まではゴロアウトが8、フライアウトが2と凡打の山を築き始めた。しかも6回、7回ともに併殺打でイニングオーバー。市村の術中に完全にハマってしまう形となった。
それでも8回裏には霞ヶ浦の二塁手のエラーをきっかけに、途中出場の高桑京士郎、4番の花田悠月に連続ホームランが出て試合を振り出しに戻すと、甲子園は沸きに沸いた。
ようやくこの回の途中で市村をマウンドから引きずり下ろした格好になったが、強打者である4番の花田にしても、4打席目になってようやくタイミングをつかんだことになる(3打席目は併殺打に倒れていた)。
試合は延長戦に入り、後攻の智弁和歌山が有利と思われたが、延長11回、タイブレークの末に敗れた。振り返ってみると、市村の遅い球に翻弄され続け、後手に回ったのが敗因となった。
「大阪桐蔭、ムチャムチャ打つやろね」
翌14日は第2試合に大阪桐蔭が出るとあってスタンドは超満員、私の周りのファンは、
「大阪桐蔭、ムチャムチャ打つやろね」
と話していたのだが――この試合の主役となったのは、小松大谷のエース、西川大智だった。
西川はスイスイと投げ進め、なんと92球での完封、大阪桐蔭相手に100球未満での完封劇“マダックス”を達成してしまった。
霞ヶ浦の市村ほどではないが、西川も遅い球をうまく駆使した。西川の持ち球はストレートとスライダー、そしてチェンジアップの3種類のみ。この日の投球内容を分析すると、試合の序盤はストレートとスライダーを中心に組み立て、後半はチェンジアップを織り交ぜていく。
西川は「緩急」をうまく利用した。この日、ストレートの最速は138キロだったが、変化球を投じた時にはスピードガンの表示が110キロ台になることも珍しくなかった。
大阪桐蔭の各打者は、バットには当てた。しかし、そのほとんどが凡打となった。この日、フライアウトは15を数え、内野ゴロは10個。打球で歓声が上がったのは、7回2死から代打で登場したラマルがレフトフライを放ったときだけだっただろうか。
そして西川が奪った三振は……わずか1個だけだった。
120キロ台「打ちごろ」、110キロ台「打ちにくい」
結局、この2日間で智弁和歌山、大阪桐蔭という甲子園優勝経験のある名門校が「遅球」に翻弄されてしまったことになるが、地方大会だと、こうした番狂わせは「毎年どこかで」発生している。
それにはいくつかのパターンがあるが、私が見るところ、「制球力の良い軟投派」を擁する公立校が甲子園常連校に健闘を見せる場合が多い。