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伝説の東大野球部が1敗で号泣した“事件”「優勝が見えたのに…」“まるでアイドル人気”東大は強かった「TBSが生中継、東大は異例休校も」

posted2023/04/22 11:04

 
伝説の東大野球部が1敗で号泣した“事件”「優勝が見えたのに…」“まるでアイドル人気”東大は強かった「TBSが生中継、東大は異例休校も」<Number Web> photograph by Sports Nippon

1981年春季の「赤門旋風」。4月19日、早稲田大に2日連続で完封勝利した東大。帰りのバスはお祭り騒ぎに。中央はチームメートに祝福される国友充範投手

text by

沼澤典史

沼澤典史Norifumi Numazawa

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Sports Nippon

 東京六大学野球の2023年の春季リーグ戦が始まった。1998年以来、50季連続で最下位に沈み、1勝を挙げるだけでも大きなニュースになるのが東大だが、弱小チームとあなどるなかれ。先日行われた春季リーグの開幕戦では勝ち点獲得こそならなかったが、2季連続優勝中の明治相手に接戦を繰り広げた。今季の東大を療養中の井手峻監督に代わって、率いているのは大久保裕助監督(現監督代行)だ。

 じつは歴史を振り返れば、東大が他大学に連戦連勝し、優勝争いに食い込んだシーズンがある。これは「赤門旋風」と呼ばれているが、そんな強い東大のキャプテンだったのが、大久保なのだ。今回は、大久保を含め、当時を知るメンバーに取材することで、勝てる東大はどのようなチームだったのかを解明していきたい。そこには時代や環境が違えど、現在につながるものが少なからずあるはずだ。【全2回の2回目/#1へ】

◆◆◆

“まるでアイドル”の東大野球部「優勝もいけるんじゃないか」

 勝ち点こそ挙げられなかったが、1981年春のリーグ戦の初週に、法政から大金星をもぎとった東大野球部。

「今シーズンは調子がいいぞと思いました」と当時のキャプテンの大久保裕(1982年卒部・湘南、現東大野球部助監督)が振り返るように、その後も早稲田を1対0、2対0と東大史上初の連続完封で撃破し、勝ち点を獲得する。

 続く慶応戦では1回戦を落とすが、その後は2試合連続勝利。創部以来初めて早慶から同シーズンで勝ち点を挙げた。この頃から新聞各紙の見出しには「赤門旋風」の言葉が躍り、キャプテンの大久保も「優勝もいけるんじゃないか」と思ったという。

 当時3年生だった篠原一郎(1983年卒部、松山東)は自身で切り抜き、保存している『スポーツニッポン』(1981年5月4日付)の記事を見ながら当時のチーム状況を振り返った。

「慶応戦で完投勝利を挙げた大山雄司さん(1982年卒部・学芸大附)が悠々とマウンドから降りて、キャッチャーの坂本二朗(1983年卒部、岡山芳泉)に握手を求めている写真が撮られています。他大学が東大に勝ったシーンならわかりますが、東大ではありえない落ち着きようで、本当にすごい1枚だと感じますね。大山さんを筆頭に、この頃の東大は勝つことに慣れていました」

 当時のスポーツ紙では「東大初V発進」(報知新聞5月5日付)、「『イナホ』刈って『陸の王者』も倒した 爆発 赤門パワー」(スポーツニッポン5月5日付)など、デカデカと東大野球部の勝利が取り上げられている。日刊スポーツ(4月20日付)や雑誌『GORO』では、主力選手全員の顔写真を掲載し、将来の職業、愛読書、趣味を紹介するなど、その扱いはまるでアイドル選手だ。

「悪いことをしないで新聞に顔写真が載るなんて、親から見ればうれしい話ですよね。本当にラッキーでした」(篠原)

東大が出した「異例の休校措置」

 早慶から勝ち点を挙げた東大ナインが、次に挑んだのは立教だ。立教から勝ち点を奪えば、残るは明治との優勝決定戦となる、まさに天下分け目の戦いだった。

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