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「将来の夢は落語家」だった少女が中学1年生時に勝負の世界への挑戦を決意…兵庫競馬初の女性騎手・佐々木世麗(22歳)が思い描く未来
posted2025/03/10 11:00

兵庫競馬で初の女性騎手として活躍する佐々木世麗
text by

井上オークスOaks Inoue
photograph by
Takuya Sugiyama
広島で生まれ育った女の子は、小学1年生のときから様々な習いごとにいそしんだ。両親の「娘が将来どんな道にも進むことができるように、選択肢を増やしてあげよう」という教育方針のもと、水泳、ピアノ、ソルフェージュ(音楽の基礎訓練)、さらには落語教室にも通った。「いねむり亭オーロラ姫」というかわいらしい芸名を授けられて、古典落語を熱心に学んだ。
「自分に合う演目は『お菊の皿』でした。自分なりのアレンジも加えていて、お客さんの受けもよかったと思います。落語を聴いて一番面白いなと思うのは『芝浜』ですね。自分がやっても“味”が出ないので得意ではなかったんですけど、小学6年生の最後に演芸会の大トリで芝浜をやらせてもらいました。そのときに師匠が泣いてくれたのが、すごく嬉しかったです」
客受けや“味”にこだわる小学生。「落語家になろう」と思っていた。ところが中学1年生のときに乗馬を習い始めて、運命が変わる。
「初めて馬に乗ったとき、めちゃくちゃ楽しかったんです。それから1カ月に1~2回くらいのペースで馬に乗って、趣味のような感覚で乗馬を楽しんでいました。すると中1の終わり頃に母から『ジョッキーっていう職業もあるよ』と教えられて。まだ落語家になろうと思っていて、文化祭で独演会を開いたりしていたんですけど……馬に乗ることはすごく楽しかったし、動物が好きで身長が小さかったこともあって、ジョッキーを目指すことを決めました」
ジムに通い、体力をつけるためのトレーニングに打ち込んだ。そして16歳のときに、騎手候補生として栃木県の地方競馬教養センターへ入所する。
「私は未経験に等しいくらいの乗馬技術だったので、同期と比べて大きな差を感じました。体力面の成長速度も遅くて、抜かされていく実感がありました」
厳しい現実に直面するが、「今まで頑張ってきたんだから、ここで辞めたらもったいない」と歯を食いしばって踏ん張った。
「競走訓練が始まるとき、『いつも先輩たちが走っている馬場でようやく乗れるんだ』とワクワクしましたし、実際すごく楽しかったです。『乗馬スタイルで乗るのとモンキー姿勢で乗るのとでは、やっぱり違うな』って」
偉大な先輩たちに導かれて
2021年の春、18歳で騎手デビュー。それから4年の月日が流れようとしている。昨年は佐々木騎手が所属する中塚猛厩舎に、小牧太騎手が加わった。佐々木騎手は22歳で、小牧騎手は57歳。3まわり年上の“弟弟子”だ。
「なんとも強い弟弟子です(笑)。調教で併せ馬をお願いしたり、レースに関してアドバイスをいただくこともあります」
レジェンドジョッキーから、どんなアドバイスを受けるのだろう。
「小牧さんや吉村(智洋)さんには、『焦りすぎ』とよく言われます。3~4コーナーで手応えがいいときに前の馬との間隔が詰まっていると、焦って外に出したり、いらんことをしてしまう。そうしたら『手応えがいいなら、逆に待っておけばいいのに』って。我慢できないところは、私のウィークポイントです。やっぱり小牧さんや吉村さんは、動き出しのポイントが完璧ですよね。私は判断力がまだまだ甘くて、周りも見えていません。そういう部分を直していきたいです」
馬を追う際も崩れない騎乗フォームを身につけるために、筋力トレーニングにも励んでいる。そんな向上心は、騎手仲間にも絶賛されるスタートセンスと同じくらい大きな武器だろう。
憧れの騎手がいる。
「名古屋の宮下瞳さんです。色々な面で先駆者ですよね。競馬の世界はいまも男性社会ですけど、昔よりは女性に対して寛容になっていると思うんです。その部分を切り拓いてくれたのは、宮下さんたち先輩方なので。女性ジョッキー全員にとってお姉さん的存在ですし、尊敬の的ですよね。二人のお子さんを出産してから復帰するなんて、自分には無理な気がします。私が怪我で半年ほど休んだときは、筋力がすごく衰えて、技術も落ちてしまいました。宮下さんが5年のブランクから帰ってくるために頑張ったトレーニングを想像すると、『本当にすごい先輩だな』と思います」
兵庫初の女性騎手が拓く未来
レディスジョッキーズシリーズ(LJS)は、憧れの宮下騎手をはじめ、全国の女性騎手が集まって鎬を削る貴重な機会。昨年は総合2位の悔しさを味わった。【今年は3月8日の佐賀ラウンドを終えた時点で24ポイントを獲得し、総合4位につけている】
来る3月12日には園田ラウンドが開催される。
「地元開催は有利なはずなので、しっかりポイントを稼ぎたいですね」
園田で女性騎手限定戦が行なわれるのは、1991年のインターナショナル・クイーンジョッキー・シリーズ以来、34年ぶり。「いずれは騎手の男女比が半々くらいになってほしい」と願う佐々木騎手は、LJSの園田開催を大きな一歩と受け止めている。
「園田にも女性用のトイレや更衣室ができましたし、来年には姫路も改装してくれるみたいです。これからもっと女の子が入ってきてほしいですし、私たち若い世代が頑張って、自分たちも後輩たちも過ごしやすいように環境を改善していきたいですね」
かつて落語家を目指した経験は、騎手になってからも生きている。取材やトークショーなど人前に出る際も堂々としているし、話がわかりやすくて面白い。騎乗する馬が人気を集めていても緊張しないという。それは重賞などで大きなアドバンテージになるのでは? と訊ねると、「重賞で人気馬に乗れる日が来ることを、アドバンテージが生きることを願っています」と言って、佐々木騎手は微笑んだ。
「目標は年間勝利数のキャリアハイです。そして宮下さんが達成された『通算1000勝』も目標にしています。両親や色々な方が応援してくれているので、『こんなことでは終われない』といつも思うんです。なにかしら記録を残して、自分が納得できる終わり方をしたい。そのために筋力や技術を向上させていきたいです」

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女性騎手9名による競走を各競馬場2競走ずつ実施し、第1戦の佐賀競馬場で獲得したポイント最上位の騎手を表彰するとともに、合計4競走で獲得したポイントの結果による上位3名を最終戦の園田競馬場で表彰する。
また、4年ぶりにばんえいエキシビションレースを第1戦に先がけて帯広競馬場で開催。同レースには、ばんえい所属の今井千尋騎手と竹ケ原茉耶騎手も参加予定。
日程・実施競馬場
ばんえいエキシビション:2025年2月16日(日)帯広競馬場
佐賀ラウンド:2025年3月8日(土)佐賀競馬場
園田ラウンド:2025年3月12日(水)園田競馬場
参加予定騎手
氏名 | 所属 |
関本玲花 | 岩手 |
中島良美 | 浦和 |
神尾香澄 | 川崎 |
深澤杏花 | 笠松 |
木之前葵 | 愛知 |
宮下瞳 | 愛知 |
佐々木世麗 | 兵庫 |
塩津璃菜 | 兵庫 |
濱尚美 | 高知 |
