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張本勲の爆弾発言「チームが間違った方向にいっている」巨人退団→ロッテ移籍…選手なのに監督に指示「ここで代打はダメ!」張本の“強烈エピソード”
posted2025/04/05 11:01

巨人から移籍した張本勲は現役生活最後の2シーズン(1980、81年)をロッテで過ごした
text by

岡野誠Makoto Okano
photograph by
KYODO
張本勲と落合博満。実力は随一、されど一筋縄では行かない両選手を、当時監督・山内一弘はどう率いたのか。3人を知る水上善雄が明かす。【張本勲編/全4回の2回目/3回目へ】
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張本勲、村田兆治、落合博満……。一筋縄では行かない猛者たちを束ねた名将がいた。1979年から3年間、ロッテを率いた山内一弘監督である。一体、彼はどのように強者たちと接したのか。
打率1割の水上を救った“ひと言”
山内は、長嶋茂雄や落合博満のような天才打者だった。毎日オリオンズ、阪神タイガース、広島東洋カープに在籍し、打率3割を9回マーク。右打者では長嶋、落合の11回に次ぐ記録である。現役最多安打で右打者の坂本勇人も5回、宮崎敏郎も6回しか達成していない。
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70年の引退後、山内はコーチとして巨人で柳田真宏、阪神で掛布雅之などを育て、79年にロッテオリオンズの監督に就任。その年、守備力を買って、高卒4年目の水上善雄をレギュラーに抜擢する。前年、野村克也とともに南海からやって来た高畠康真打撃コーチの意向も汲んでいた。
「山内さんは当時の監督としては珍しく、コーチの意見をよく聞いていました。そして、推薦されたら、選手の一挙手一投足を見ていました。目配りする点が、工藤(公康)監督と同じだなと。高畠さんとの接点はそれまでなかったはずです。年齢だけでなく、現役時代の実績も山内さんが上ですが、良いと思えば取り入れる。変なプライドを持たない方でした」
開幕スタメンを勝ち取った水上だが、打率が1割を切る頃もあり、肩身の狭い思いをしていた。そんな時、山内監督は「お前の守備なら3割打者と一緒だよ」と声を掛けた。