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大学野球PRESSBACK NUMBER
47都道府県で一つだけ…東大野球部員が出ていない“意外な県”とは?「3年前まで沖縄からもゼロでした」東大野球部のスゴいスカウト戦略
text by
沼澤典史Norifumi Numazawa
photograph byHideki Sugiyama
posted2022/10/15 11:05
プロ野球届を出した東大野球部の阿久津怜生外野手。栃木県を代表する公立進学校の宇都宮高校出身
「スカウト活動を進めていくと、夏には200人ほどの東大受験予定者リストができますが、そのうち約20人が指定校推薦も含めて早稲田、慶応に行きます。横取りされたようで、非常に悔しいのですが、一方で2割、つまり40人ほどが地元の国公立大学の医学部に進学します。我々にとって最大のライバルは地方の医学部なんです。早慶に行こうとしている選手には、『おそらくレギュラーにはなれないぞ』と言えるし、他大を考えている選手なら『東大のほうが生涯賃金が高いぞ』と言えますが、やはり医者には敵いません。ここはどうしても勝てませんね」
「沖縄と和歌山の高校を出たOBはゼロだったんです」
つまり、こうした正攻法のスカウト活動だけでは、受験生にとっての東大とは、高学歴大学の一つでしかないのだろう。ならば受験のコスパから離れたところで、東大にオンリーワンの格別の感情を持ってもらおうと、浜田は独自の方法で部員集めに励んでいる。それが、スカウト活動の一環としての合宿だ。
「地方へ東大野球部の選手たちが合宿に行った際、宿泊料の代わりに地元高校の生徒に勉強を教えたり、一緒に練習をしたりするんです。そうすることで東大を身近に感じられ、その地域全体で東大を目指す高校生が増えます。実際、この効果は沖縄で実証済み。僕がスカウト事務局として活動を始めるまで、東大野球部100年の歴史の中で、沖縄と和歌山の高校を出たOBはゼロだったんですが、2015年に沖縄の首里高校の同窓会会館で合宿したところ、2019年に沖縄出身の野球部員が誕生しました。その後、沖縄尚学などから3年連続で入部が続いています」
この方式の難点としては、和歌山合宿を組む必然性が薄いことだ。寒い時期の沖縄合宿は意味があるが、東京を本拠にするチームが和歌山合宿を組む機会はなかなかないという。同県の公立進学校である桐蔭高校と向陽高校を浜田は訪問済みだが、東大野球部の47都道府県コンプリートはいつになるのだろうか。
一方、暑い時期には北の大地での合宿が選手のポテンシャルを引き出す。浜田が監督を退いてから3年経った今年8月、東大野球部は北海道遠軽町に遠征。現役野球部員たちは汗を流しつつ、「遠軽東大塾」と称して地元の中高生たちに勉強法を伝授した。遠くない未来に、遠軽町からも東大野球部員が誕生するかもしれない。
かくして、5年単位、10年単位で先を見通し、コツコツと実績を積み上げ、浜田は全国各地に東大野球部の種をまき続けている。強い心臓、東大卒の頭脳、そして東大野球部強化のためならなりふり構わない情熱の三拍子を持ち、東大野球部スカウト事務局を率いる浜田一志の存在は、今後も神宮球場を盛り上げていくことだろう。
<前編から続く>