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伊達公子が聞く、錦織圭を輩出した“盛田ファンド”のジュニア育成術「日本では良いテニスをしても、海外でダメになる子もいる」
text by
内田暁Akatsuki Uchida
photograph byYuki Suenaga
posted2021/04/05 18:40
元プロテニスプレーヤーで現在はジュニア育成に力を注ぐ伊達公子氏と、日本テニス協会名誉顧問の盛田正明氏の対談が実現した
ただ、アメリカのアカデミーに送ることに関しては、盛田氏は確固たる選定基準を有し、それを実現するシステムを築いていった。
「日本では良いテニスをしても、海外ではダメになる子もいる。なのでまずIMGアカデミーに2週間送り、テニスだけでなく、アメリカでの暮らしにフィットできるかを見ました。12~13歳の子供ですから、親御さんが『出しましょう』と言ってくれないと、できることでもない。ですから子供が2週間経って帰ってきたら、親も呼んで話をし、これなら大丈夫と思う子を送るようにしました」
世界で戦っていくメンタリティを育む――それは盛田氏にとって、テニスの技術を磨くのと等価に重要なことだった。
だからこそ渡米したジュニアたちは、日本人とではなく、外国人と相部屋にするようにアカデミーにお願いした。だが、MMTF発足から3年ほど経っても、なかなか活躍する選手は出てこない。
「これは、厳しいことも言わないと、本当に良い選手は生まれないな」
そう感じた盛田氏は、MMTF設立の4年目に入った時、奨学生にノルマを課すことにした。
厳しいノルマを達成したのは「わずか4名」
「かなり厳しいノルマを5つ出し、そのうち2つをクリアすれば翌年も支援を継続します、できなければ日本に帰します、ということにしました。ですから残念ながら、2年、3年で帰した子たちも居ます」
MMTFの支援は、18歳までと上限を定めている。設立から21年経った現在、MMTFの奨学生としてIMGアカデミーに渡ったジュニアは、30名弱。そのうち、18歳まで毎年ノルマを達成し続けたのは、僅かに4名しかいない。
その4名こそが、錦織圭、福田創楽、西岡良仁、そして中川直樹。なかでも、錦織と西岡はトップ100入りを果たしている。
目標と現状を突き合わせ、浮かび上がった溝を埋めるべく、MMTFはシステム上の改善を重ねてきた。その成果は、ジュニア育成の成功例として関係者に希望を与え、また錦織らが世界の頂点に挑む姿は、純粋に人々の胸を打つ。その錦織をはじめ、MMTF出身者は盛田氏を「最大の恩人」と敬愛し、多くのテニス関係者も、「日本テニス界発展の最大の功労者」と謝意を示してきた。
もっとも当の本人は、「ファンドは、自分の夢を実現するために始めただけ。世のため人のためという、崇高な気持ちがあった訳でもないのですが」と、謙遜して手を振る。今でも1~2週間に一度はコートに立つという盛田氏は、「90歳を超えても、テニスは未だ楽しめますでしょ? そんなスポーツ、他に何がありますか」と、声を上げて快活に笑った。
伊達が迷ってきた「私がしたいと思うことが正しいのか?」
1時間に及ぶ対談を終えた時、伊達の表情は、どこか晴れやかに見えた。盛田氏の話を聞き、自らの思いも打ち明ける中で、伊達の心に灯った、進むべき先を指す光——。それは、「物事を決めたり考えて行動に移していく時、その動機付けはシンプルでいいんだな」という、普遍的かつ絶対的な真理だったという。