オリンピックPRESSBACK NUMBER
五輪の父でさえ「女性参加は不快で間違っている」…女性はどうやって“オリンピックの性差別”と戦ってきたのか?
text by
飯塚真紀子Makiko Iizuka
photograph byGetty Images
posted2021/03/02 11:02
1928年に女性参加が認められた「女子100メートル」
また、イギリスのザ・タイムズは“女子800メートル走”は「危険だ」と書き、デイリー・メール紙も「女性にとっては厳しい」と訴え、モントリオール・デイリー・スター紙に至っては「明らかに女性の持久力を超えており、女性たちを傷つけるだけだ。オリンピック種目から外すべきだ」とまで主張した。
ちなみに、このレースには日本人アスリートの人見絹枝も参加し、“女子800メートル”では日本女子初の銀メダルを獲得したが、シカゴ・トリビューン紙は同氏について「人見は疲労から回復するのに15分かかった」と書いている。
つまり、世界のメディアは総じて“女子800メートル走”について、走り切って倒れた女性アスリートの健闘ぶりを讃えるのではなく、女性は体力的に弱いため無理という性差別的な見方を示したのである。
800mはダメで、テニスやゴルフが許された理由
スポーツ史家のマーク・ディレソン氏は、メディアが性差別的な見方をした理由について、1920年代、男性は女性を「欲望のオブジェクト」と見ており、女性は成功よりも見かけが重視されていたからだと述べている。その結果、女性にふさわしいスポーツは競争しつつも女性が美しくいられるスポーツだと考えられていたという。
ちなみに、当時は、水泳も女性が美しくいられるスポーツと考えられていたようだ。メディアは、800メートル走を走り切って倒れた女性は見ていられないと指摘する一方、14時間半をかけてイギリス海峡を泳ぎ切った女性については賞賛していたからだ。
女性はスポーツの場でも美しいオブジェクトでなくてはならない。男性アスリートのように、息も絶え絶えにゴールで倒れこむ女性アスリートは美しくない。当時の男性たちはなんと自分たちの理想を女性に押し付けていたことだろうか!
“女子800メートル走”で問題が起きたからだろうか。1925年からIOC会長を務めていたバイエ・ラツールもクーベルタン同様、性差別発言をしている。
「女性たちが、いつか、完全にオリンピックから排除されたらいいと思う」
創始者は「女性の主な役割は勝者に栄冠を与えること」
それでも、「世界女子競技大会」を開催して成功を収めたミリアはひるむことなく、IOCに挑み続けた。1934年、ミリアは、IOCが女性のオリンピックへの完全参加を認めてくれれば、FSFIは「世界女子競技大会」を止めると掛け合う。その結果、女子のオリンピック参加種目はさらに拡大されることとなった。
しかし、性差別発言は終わることがなかった。