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武豊「“歩く競馬四季報”のとことん血統論」~テスコボーイからディープまで~

posted2020/10/13 08:00

 
武豊「“歩く競馬四季報”のとことん血統論」~テスコボーイからディープまで~<Number Web> photograph by Asami Enomoto

「血統を見ることが昔から好きだった」と語る武豊が遺伝子の魅力を語った

text by

片山良三

片山良三Ryozo Katayama

PROFILE

photograph by

Asami Enomoto

日本競馬の先頭を走り続けてきた天才は、幼少期からの血統好き。サンデーサイレンス、ディープインパクトなど、あらゆる名種牡馬の産駒に跨ってきた武に、連綿と受け継がれる遺伝子の魅力をとことん聞いた。

 '89年の夏、20歳になった武豊騎手が約2週間の米国遠征を敢行した。「武者修行」と書いた日本の新聞も少なくなかったが、デビュー2年目の前年に関西のリーディングジョッキーの座を獲得した自覚をあえて前面に打ち出した31年前の武は、「勉強や修行にやって来たわけではありません。日本の騎手の代表として勝負に来ました」と、少し力んだ表情で現地のメディアの取材に答えていた。

 最初に訪れたイリノイ州シカゴ郊外のアーリントンパーク国際競馬場では、騎乗2戦目の条件戦でグランマジーを巧みに操って海外初勝利をあげ、すぐに結果を出すことで存在感を自力で濃いものにした。早朝の調教時間に訪ねたカール・ナフツカ厩舎では、「来週デビューするファピアノの仔がいるんだけど、追い切りだけでも乗ってみるかい?」と声がかかり、もちろん二つ返事で騎乗。「体が大きいし、スピードもパワーもすごかった。アメリカの馬はやっぱり強いのか……」と、馬から下りた武の表情が少し蒼ざめていた。実は、その未出走馬は翌年のケンタッキーダービーを勝つアンブライドルドだったのだ。「アメリカの馬が強いんじゃない。あの馬が特別にすごかったんだ」と、1年後に日本でそのニュースに接して安堵したことも懐かしい話になった。

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