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武豊「コントレイルは乗りやすいディープインパクトというイメージです」“歩く競馬四季報”が語る血統の面白さ
posted2021/04/11 06:00
text by
片山良三Ryozo Katayama
photograph by
Asami Enomoto
'89年の夏、20歳になった武豊騎手が約2週間の米国遠征を敢行した。「武者修行」と書いた日本の新聞も少なくなかったが、デビュー2年目の前年に関西のリーディングジョッキーの座を獲得した自覚をあえて前面に打ち出した31年前の武は、「勉強や修行にやって来たわけではありません。日本の騎手の代表として勝負に来ました」と、少し力んだ表情で現地のメディアの取材に答えていた。
最初に訪れたイリノイ州シカゴ郊外のアーリントンパーク国際競馬場では、騎乗2戦目の条件戦でグランマジーを巧みに操って海外初勝利をあげ、すぐに結果を出すことで存在感を自力で濃いものにした。早朝の調教時間に訪ねたカール・ナフツカ厩舎では、「来週デビューするファピアノの仔がいるんだけど、追い切りだけでも乗ってみるかい?」と声がかかり、もちろん二つ返事で騎乗。「体が大きいし、スピードもパワーもすごかった。アメリカの馬はやっぱり強いのか……」と、馬から下りた武の表情が少し蒼ざめていた。実は、その未出走馬は翌年のケンタッキーダービーを勝つアンブライドルドだったのだ。「アメリカの馬が強いんじゃない。あの馬が特別にすごかったんだ」と、1年後に日本でそのニュースに接して安堵したことも懐かしい話になった。
サラブレッドの血統の深みを実感する礎
次の訪問地、カリフォルニア州サンディエゴ郊外のデルマー競馬場では、三冠レースで宿敵イージーゴアを相手に1、1、2着と奮闘したあと、夏休みを兼ねて同地で調整されていたサンデーサイレンスを目撃する幸運にも恵まれる。厩務員に引かれてゆったりと歩く漆黒の名馬の少し後ろから、当時76歳の名匠チャールズ・ウィッティンガム調教師がかくしゃくとした歩きでついて行く姿が絵になっていたのも印象深いのだが、武の見方は当然ながらの騎手目線だ。
「サンデーがいるよ! と案内があって、それだけで興奮しましたね。黒いなあ、強そうだなあというのが最初の印象。あの馬のレースぶりはビデオなどで見ていましたから、余計にそう思うわけですが、ゆっくり歩いているのに、時折ブンと音が聞こえるような尻っ跳ねをしたり、軽く暴れてみたりもしていましたから、きっと乗り難しい面があるんだろうなあとも思いました。あの短い遠征で、ダービー馬とダービー馬になる馬に偶然巡り合えたのは、本当にラッキー。ジョッキーとしてのキャリアを積みながらサラブレッドの血統の深みを実感していくための、貴重な礎にもなりましたね」