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“熱くて自然体で頑張り屋”に受け継がれたバトン…岩手競馬史上9人目の女性騎手・関本玲花(24歳)が大怪我を乗り越えて歩む道

posted2025/03/06 11:00

 
“熱くて自然体で頑張り屋”に受け継がれたバトン…岩手競馬史上9人目の女性騎手・関本玲花(24歳)が大怪我を乗り越えて歩む道<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

現在岩手競馬で唯一の女性騎手として活躍する関本玲花

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井上オークス

井上オークスOaks Inoue

PROFILE

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Takuya Sugiyama

岩手競馬には、日本の女性騎手のルーツがある。1966年、高橋クニさんは繋駕速歩(けいがそくほ)競走のジョッキーとして38歳でデビュー。その娘の高橋優子さんは、日本における女性初の平地競走のジョッキーとして活躍。そのバトンは連綿と受け継がれて、関本玲花騎手は岩手競馬史上9人目の女性騎手となった。

 関本浩司騎手(現・調教師)の愛娘は2000年に生まれた。幼い頃から騎手に囲まれて育ち、菅原勲騎手や小林俊彦騎手(共に現・調教師)といった岩手競馬のレジェンドにも可愛がられた。水沢競馬場で競馬新聞を販売する祖父のところへ遊びに行っては、売り場からパドックを眺めていた。

「物心ついたときには騎手になりたいと思っていました。保育園の頃から将来の夢を書く機会があれば『騎手になりたい』と書いていました」

 中学生の頃には、岩手競馬史上8人目の女性騎手である鈴木麻優さんが活躍していた。

「岩手には昔からずっと女性騎手がいたので、女性が馬に乗っていることに違和感がなかった。女性騎手という存在がいて当たり前みたいな感じだったんです。だから『かっこいいな、自分も乗ってみたいな』って」

 3度目の受験で、騎手養成課程に合格。17歳の秋に親元を離れて、栃木の地方競馬教養センターへ入所した。センターでは朝5時30分の起床から、みっちりとスケジュールが組まれている。厳しい訓練にハードな厩舎作業。慣れない共同生活と徹底した体重調整。騎手候補生は総じてナーバスになる。

「友達に電話をかけたりして耐えていました。先生には2~3日置きに『もう辞めます』と言ってました。すると先生は『もうちょっとだけ、もうちょっとだけ』って。先生の『もうちょっとだけ』に騙されて、気づいたら競走訓練まで行っていました(笑)」 

 弱音をこぼしつつ、粘り強く頑張るタイプなのだ。

「私は同期で唯一、乗馬未経験で入ったので、みんなからすごく遅れを取っていました。ぜんぜん上達しないし、先生たちも教えるのに苦労したと思います。だけど訓練自体は、下手だけど苦ではなかったです。『岩手の先輩たちと一緒に乗りたい』と思っていたので」 

飛躍しようとした矢先のアクシデント

 競馬場実習や実技試験をクリアして、念願の騎手免許を取得。父が騎手時代に着用していた勝負服をベースに好きな色を組み替えて、マイ勝負服をデザイン。2019年10月5日、19歳の関本騎手は、盛岡競馬場でデビュー戦を迎えた。結果は6着だった。

「めちゃくちゃ緊張しました。パドックに出たらお客さんがけっこういたので、それを見て余計に緊張して。レースは周りが全然見えなくて、ただ馬にすがっていたという感じでした」

 10月7日には、スカイルークという馬に騎乗して逃げ切り勝ち。デビューから9戦目で初勝利を挙げた。

「本当に馬の力が強かっただけです。馬に持っていかれてしまって自分は何もできてないから、勝った嬉しさよりも情けない気持ちのほうが強かったです」

 ほろ苦い初勝利を経て、試行錯誤しながら勝ち星を重ねていく。2022年11月22日に開催された「レディスジョッキーズシリーズ(LJS)」の盛岡ラウンド第2戦では、エイシンヌチマシヌに騎乗し力強く競り勝って、通算100勝を達成。シリーズの女王にも輝いた。2023年の夏には初めて新馬戦や特別戦を勝利し、成績を伸ばしていた。

 そんな矢先に、水沢競馬場で痛ましい事故が起きる。2023年9月、レース中に騎乗馬が内ラチを破って逸走。投げ出された関本騎手は、骨盤開放骨折という重傷を負った。

「あの怪我をしたときは、ちょっとだけ『やめようかな』と思いました。神経症状、しびれとかが残りましたし、恐怖心もありました。それでもある程度気持ちが落ち着いてからレースを見ると、『馬に乗ってる先輩たちかっこいいな、乗りたいな』と思ったんです。だけど実際に調教に乗り始めてみたら、めちゃくちゃ怖くて」

 そんな葛藤を抱えながらも、2024年3月8日、LJSの笠松ラウンドの日のエキストラ騎乗で半年ぶりの復帰戦に臨み、3着にまとめた。レース後は「ゲートの中では心臓バクバクでした」と、安堵の笑顔が弾けた。笠松はデビュー前の実習や、デビュー後の武者修行に励んだなじみの深い競馬場だ。

「怪我をした水沢でレースに復帰すると、恐怖心が出ちゃう気がしたんです。だから最初は笠松で乗った方が、気持ち的に楽かなと思って。笠松で復帰させてもらって、本当によかったです」

男性に追いつくためのトレーニング

 2024年は41勝。大怪我を乗り越えて、キャリアハイの勝ち星を挙げた。その理由のひとつは、以前から通っているパーソナルトレーニングジムにある。

「男の人たちに追いつくためにはどうしたらいいかな? と考えたときに、自分にはまず筋力が足りないなと思いました。体幹も弱かったので、体幹メニューをメインにやってくれるジムを選びました。チューブを使って、体の軸をまっすぐに戻すためのトレーニングをしたりします。ジムに通ってから、『馬へのハマりが前よりもよくなったな』とは感じています」

 岩手リーディングの山本聡哉騎手も同じジムに通っている。

「ジムに行き始めた話をしたら、聡哉さんも来るようになったんです(笑)。それから自分のレースも見てくれるようになって、色々なことを教えてくれるので、そういう面でもジムに行ってよかったなあと思います」

 好きな戦法は「差し」。

「力のある馬に乗っているときは、後ろにいて前のみんなの動きを見ながら、それに合わせて動いていけるから。それに差して勝つのはめっちゃ気持ちいいです(笑)。ただ、岩手のレースは前残りが多いですし、ずっと差しばっかりで競馬していたので、今年はどこからでも競馬できるようになりたい。あとは馬群に入った時のさばき方がまだまだ下手なので、先輩たちに教えてもらいながら向上させていきたいです」 

 飄々としているけれど、向上心の塊なのだ。だけど関本騎手は、自分をカッコよく盛ったりしない。

「休みの日は、ただ家で寝腐ってるだけです」

 寝腐ってますか。なんだか楽しい人だ。

「岩手競馬が潰れそうな時期があったじゃないですか。みんなで県庁に行って、競馬の存続をお願いしたりして。あの頃と比べたら安定しているんだろうけど、地方の小さな競馬場は、なにかあったら簡単に潰れてしまう。『普通にレースを開催できている今は、当たり前じゃないぞ』という想いがありますし、競馬ができるありがたさを感じています」

 岩手には熱くて自然体で頑張り屋のおもしれえ女性騎手がいる。

女性騎手9名による競走を各競馬場2競走ずつ実施し、第1戦の佐賀競馬場で獲得したポイント最上位の騎手を表彰するとともに、合計4競走で獲得したポイントの結果による上位3名を最終戦の園田競馬場で表彰する。

また、4年ぶりにばんえいエキシビションレースを第1戦に先がけて帯広競馬場で開催。同レースには、ばんえい所属の今井千尋騎手と竹ケ原茉耶騎手も参加予定。

日程・実施競馬場

ばんえいエキシビション:2025年2月16日(日)帯広競馬場
佐賀ラウンド:2025年3月8日(土)佐賀競馬場
園田ラウンド:2025年3月12日(水)園田競馬場

参加予定騎手
  氏名   所属
 関本玲花  岩手
 中島良美  浦和
 神尾香澄  川崎
 深澤杏花  笠松
 木之前葵  愛知
 宮下瞳  愛知
 佐々木世麗  兵庫
 塩津璃菜  兵庫
 濱尚美  高知

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