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21年ぶり神宮、先駆けはUインター。
幻の高田vs.健介……野外興行の歴史。 

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堀江ガンツ

堀江ガンツGantz Horie

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photograph byMoritsuna Kimura/AFLO

posted2020/08/28 15:00

21年ぶり神宮、先駆けはUインター。幻の高田vs.健介……野外興行の歴史。<Number Web> photograph by Moritsuna Kimura/AFLO

神宮球場での開催は実に21年ぶり。写真は1999年9月11日、Uインターの高山と初対戦した全日の川田。

神宮球場初開催はUインター。

 そんな新日本に先んじて、神宮球場で初めてプロレス興行を開催したのは、高田延彦率いるUWFインターナショナルだった。

 Uインターは'93年12月5日に、高田延彦とベイダーの一騎打ちをメインに神宮球場大会を開催。当初、Uインターはこの一戦のために東京ドーム初進出を考えていたが、90年代前半はドームコンサート全盛の時代。プロ野球のシーズンオフでもなかなか空きはなく、その代替会場として神宮球場を使用することに決めた。そのため、珍しい真冬の野外ビッグイベントとなったのである。

 その2年半後、Uインターは'96年8月17日に再び神宮球場に進出。極寒の高田vs.ベイダーとは打って変わって、今度は真夏の炎天下での昼興行として行われた。この大会は『神宮花火ジャック』と銘打たれたとおり、8月恒例の神宮外苑花火大会関連イベントとして行われたもので、そのため夜の花火大会を控えた昼間の開催となったのだ。

 この真夏の神宮球場は、翌月行われるビッグイベントにつなげるための宣伝という意味合いもあり、チケットは7000円と5000円の2種類という格安で販売された。当日は雲ひとつない晴天。客席に真夏の直射日光を避ける場所はなく、多くの男性ファンが上半身裸となって観戦していたのを思い出す。

高田vs.天龍、川田vs.高山。

 そして1カ月後の9月11日に、Uインターは3度目の神宮球場大会を開催。メインイベントは高田延彦vs.天龍源一郎の頂上対決で、この年の「プロレス大賞」年間最高試合賞に選ばれる名勝負となった。

 さらに全日本プロレス四天王の川田利明が、Uインターに初参戦し高山善廣と対戦。“王道”全日本が初めてUWFと絡むという話題性もあり、9.11神宮球場は4万1087人(超満員札止め=主催者発表)の大観衆を動員することに成功した。高山はこの川田戦がきっかけで、翌年から全日本に参戦。UWFスタイルではない純プロレスラーとして開眼し、のちに“プロレス界の帝王”と呼ばれるまでになる第一歩にもなったのだ。

【次ページ】 荒天中止のリスク、莫大な放映権料。

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