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箱根駅伝出場校の留学生「ドーピング違反」は、氷山の一角なのか? 検査体制、監督の指導、鉄剤注射…箱根の元ランナーが指摘する“抜け穴”
text by
酒井政人Masato Sakai
photograph byTamon Matsuzono
posted2024/02/19 06:01
学生長距離界を揺るがした創価大のケニア人留学生の「ドーピング違反」。今季の学生三大駅伝の初戦・出雲駅伝に出場していたため記録が取消の処分に
貧血の場合、ヘモグロビンの数値が一気に増えて、高地トレーニングをした後のような状態になるという。Aさんは貧血気味ではなかったため高校時代に鉄剤注射を使用する機会はほとんどなかったが、大学ではほぼ強制のようなかたちで鉄剤を注入されたという。
体がむくんで、血尿も止まらなかった
「駅伝メンバーだけが大会の1カ月前から週に1回打ちにいくんです。私は必要ない、と言えませんでした。恩恵を受けた選手は結構いますが、私はマイナスでしかなかった。肝臓や腎臓に負担がかかり、体がむくんで、血尿も止まらなかったんです。当時どのような種類のものを打っていたのかわからないですけど、注射器で直接打つものと、点滴でブドウ糖とビタミン剤と造血剤のようなものを混ぜて打っていたように思います」
国立スポーツ科学センターで得られた血液検査結果によると、陸上競技者のヘモグロビン正常下限値は男子が14.0g/dL、女子が12.0g/dLと考えられるという。Aさんは15.0g/dLを越えており、貧血といえる状況ではなかったのだ。
スポーツ庁、陸連も動き出す
その結果、Aさんは年々体調が悪化していき、実業団では思うような活躍ができずに引退した。鉄を過剰摂取すると、肝臓などの機能障害を起こすだけでなく、正常でない状況が数年間続く場合がある。Aさんにもその影響があったと考えられる。
2019年、スポーツ庁は「不適切な鉄剤の静脈内注射の防止について(依頼)」として不適切な鉄剤の利用実態に言及した上で、各スポーツ団体に鉄剤の危険性を注意喚起。日本陸連も同年に「不適切な鉄剤注射の防止に関するガイドライン」を発行。貧血への処置としての安易な鉄剤注射が人体に危険なことを説明したうえで、全国高校駅伝では全出場校に選手の血液検査などの結果提出を義務化した。しかし、不適切な鉄剤注射が根絶したわけではない。いまだに“犠牲”になっている女子選手がいるようだ。
鉄剤注射はWADAの禁止物質になっていないが…
「女子は男子より体重制限や食事制限も厳しい。それで貧血になっちゃって、鉄剤注射や造血剤を打つ子が多かったと思います。それらに頼っている子は疲労骨折が多かった印象ですね。強豪チームほど監督に従わなきゃいけない雰囲気があるので、自分をしっかり持っていないとなかなか『NO』とは言えません……。そういう闇の部分を知っているから、これから競技をしたいという子にも心から『やってみたら』と押せない部分があります」
鉄剤注射はWADAの禁止物質になっていないが、造血剤と呼ばれるものにはEPOも含まれており、アンチ・ドーピング違反となる可能性はある。「知らなかった」では済まされない時代になっているだけに、指導者だけでなく、選手自身もドーピングに関する知識をアップデートしていかないといけないだろう。
ドーピングは一発アウトが基本。選手のキャリアを考えても、日本のスポーツ界が「クリーン」であり続けることを祈りたい。