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今年読んだ本で圧倒的ナンバーワン…米エンタメ界における性暴力の実態をスクープした“正直、読むのが苦しい”傑作
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byGetty Images
posted2022/05/24 11:01
長年タブーとされてきたハリウッドにおける性的虐待の実態をスクープしたローナン・ファロー。映画監督ウディ・アレン、女優ミア・ファローの間に生まれた天才2世
「あなただって、ワシントン・ポストでスポーツライターだったじゃないですか。モハメド・アリの本は読みましたよ」
彼には『モハメド・アリ その闘いのすべて』という著書があった。そう伝えると、彼はちょっと驚いた。
「ありがとう。実際の読者に会えるのはうれしいものだからね」
それから、同行していた写真家の大井成義さんの写真を見ていた(大井さんは「ニューヨーカー」の寄稿家でもあった)。
おそらく、帰ろうとしていた東洋人をスルーすることは簡単だっただろう。しかし、レムニック氏は好奇心を隠さずに、会話を演出してくれた。
私の印象のなかのレムニック氏は、穏やかで、知的な人物だった。しかし、『キャッチ・アンド・キル』の中では、骨太な人物として描かれる。中でも、2017年10月10日、記事が世界に向けて発表される瞬間を前に、レムニック氏が若いローナンを窘めるシーンがある。これが素晴らしい。
「ニューヨーカー」の矜持ともいうべきものがそのシーンに凝縮されており、ぜひともアメリカの雑誌ジャーナリズムの力に触れて欲しい。
モーニングショーの「顔」にも疑惑
そして私が出会ったもうひとりは、この作品のなかで、“加害者”として登場する。彼の名はマット・ラウアー。彼はNBCの「TODAY」というモーニングショーの顔だった人で、おそらくアメリカで彼のことを知らない人はほとんどいないだろう。
彼は2008年の北京オリンピックの時、現地から「TODAY」の生放送をしていて、私はその様子を取材した。私は、アメリカ出張の時には必ず「TODAY」を見ていて、ラウアーの自然体が1日のスタートを素晴らしいものにしてくれていたし、実際に会ったラウアーはその期待を裏切らなかった。
寸分の隙もないスーツ、如才のない身のこなし。
ところが――。
『キャッチ・アンド・キル』に登場するラウアーは――おぞましい行為に及んでいた。彼は局内で、度重なるセクシャル・ハラスメントを犯し、局の幹部もそれを知っていたことをローナンは書く。
ラウアーの行為は、被害者の決死の告白によって詳細に書かれており、正直、読むのが苦しいほどだ。
『キャッチ・アンド・キル』は、エンターテインメント、メディアという業界の歪んだ現実を白日の下に晒している。
そしてローナンが真相に迫る過程で、それが新しいスクープを生み出していく。
『キャッチ・アンド・キル』は、ナイーブでありながらも鉄の意志を持つローナンの行動が物語にドライブを生み、読者は予想もつかない場所へ、超特急で連行される。
読後感は圧倒的である。
そして、この作品で重要な地位を占めるふたりとNumberの仕事で出会った経験が、私にとって『キャッチ・アンド・キル』を特別な作品にしているのだ。
<※追記>
この原稿を書いた5月20日、なんとロジャー・エンジェル氏の訃報が届いた。
101歳だった。
「ニューヨーカー」の電子版には、デイビッド・レムニック編集長の追悼文が載った。
2000年、ヤンキースとメッツとの間で戦われ、「サブウェイ・シリーズ」と呼ばれたワールドシリーズを一緒に取材に行ったエピソードが素晴らしい。
この文章のなかで、エンジェル氏はレムニック編集長に対して、私が取材した時とまったく同じことを話していたことが分かった。
「野球というスポーツでは……往々にして、負けたチームの方にストーリーがあるものなんだよ」