スポーツ・インテリジェンス原論BACK NUMBER

今年読んだ本で圧倒的ナンバーワン…米エンタメ界における性暴力の実態をスクープした“正直、読むのが苦しい”傑作 

text by

生島淳

生島淳Jun Ikushima

PROFILE

photograph byGetty Images

posted2022/05/24 11:01

今年読んだ本で圧倒的ナンバーワン…米エンタメ界における性暴力の実態をスクープした“正直、読むのが苦しい”傑作<Number Web> photograph by Getty Images

長年タブーとされてきたハリウッドにおける性的虐待の実態をスクープしたローナン・ファロー。映画監督ウディ・アレン、女優ミア・ファローの間に生まれた天才2世

 その工作は思わぬところにまで届いており、トラップ、裏切りが続くが、次第に被害者たちはローナンに自身の体験談を語るようになる。

 そのタッチはミステリを読むようなスリルに満ち、頁を繰り出したら、止めるのが困難なほどだ。

 そして私にとって、この作品が特別なのは、私自身が実際に会話を交わした人物がふたり、登場するからだ。

ADVERTISEMENT

 しかも、Numberの仕事で会ったふたりだ。

“スキャンダル”を報道すると決断した男

 ひとりは、雑誌「ニューヨーカー」の編集長、デイビッド・レムニックである。

 この『キャッチ・アンド・キル』において、レムニックは編集長として重要な役割を果たす。

 ローナンは、このスキャンダルをNBCで報道するつもりで準備していたが、局内では「なんらかの事情」により、報道局幹部が発表することに消極的で、最終的にローナンはNBCでの活躍の場所を奪われ、頼った先が「ニューヨーカー」だった。

 レムニックはローナンの原稿を読み、「ニューヨーカー」で引き受けることを決断。さらなる事実確認と推敲を重ね、2017年10月10日、「ワインスタイン・スキャンダル」を発表し、世界は動いた。

 私は2001年、Numberの「MLB SUMMER OF '01」の取材で、「ニューヨーカー」のオフィスを訪ねた。

 この年はイチローがシアトル・マリナーズに移籍し、八面六臂の大活躍をした。このとき私は、ボストン・レッドソックスの歴史を語ってもらおうと、「ニューヨーカー」の文芸編集者であり、なおかつ最も偉大なベースボール・ライターと信じていたロジャー・エンジェル氏にインタビューを申し込んだ(エンジェル氏は、折に触れて同誌に野球記事を書いていたのだ)。ちなみに彼はジョン・アップダイクやアン・ビーティの担当編集者であり、現在100歳を超えてなお、存命である。

ロジャー・エンジェル。「ニューヨーカー」誌の文芸編集者を長年務め、ベースボールライターとしても殿堂入りを果たしている。5月20日に101歳で亡くなった。レムニックは「ベーブ・ルースと大谷翔平をその目で目撃したライター」として追悼文を寄せている(※本文、追記参照) ©Getty Images

 この取材旅行と記事は私のなかでも大切な仕事になっているが、忘れられないのは、帰り際に声をかけてきた長身の人だ。

「今日は、なんの仕事かな?」

 それが、デイビッド・レムニック、その人だった。

 表情は穏やかで、眼鏡が知性を際立たせていた。私は答えた。

「小学生の時から読んできた憧れのエンジェルさんに、レッドソックスの歴史的な意味についてうかがうために東京からやってきたんです」

 レムニック氏は微笑んで、

「それはいい取材になっただろうね。ロジャーの話は、いつ聞いてもためになるから」

 と答えてくれた。私はもう少し会話を続けたくて、矢を放った。

【次ページ】 モーニングショーの「顔」にも疑惑

BACK 1 2 3 NEXT
#嫌われた監督
#キャッチ・アンド・キル
#ローナン・ファロー
#ハーヴェイ・ワインスタイン
#ウディ・アレン
#ボストン・レッドソックス
#モハメド・アリ

他競技の前後の記事

ページトップ