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「もうこれは奇跡とは言わせない」
NHK豊原アナのラグビー愛と実況論。
text by
谷川良介Ryosuke Tanikawa
photograph byShigeki Yamamoto
posted2019/11/01 20:00
アイルランド戦の実況に、4年前と同じネクタイで臨んだというNHK豊原アナウンサー。時間を積み重ねてきたものを使うのがルーティンだ。
スクラムと似ている……綱引き?
実況において、準備もまた大切なファクターとなる。豊原はその代表例として意外な競技の名前を挙げた。
「幸いなことに、NHKのスポーツ実況には準備を無駄としないという風土があります。しっかりとその競技の本質を掴んだ上で実況するという考え方です。そうやって積み上げていくことで、スポーツの肝とは何かというアンテナが鍛え上げられていくんです。
印象に残っているのは以前担当した『全日本綱引選手権』。初めは競技を深く理解していませんでしたが、次第に腕力だけが大事なわけではないとわかってきたんです。両チームの総体重に限りがあるため、いかにチーム全員の体重を後ろ向きのベクトルに効率よく変換できるか。こちらのチームは綱を持つ手がそれぞれバラバラでジグザグだけど、こちらのチームはまっすぐと揃っている。
それを見た解説の方は『いいラインが出てますね』とおっしゃるんです。まさに日本のスクラムと同じですよね(笑)。
こうやってどんな競技でも面白いポイントがある。我々の仕事はそこをいかに気付けるか、伝えられるかに尽きます。そして先輩方が教えてくださったように、その競技をどれだけ愛せるか、そして選手、指導者、周囲の人々へのリスペクトの気持ちを持つことを大切にしてきました」
「筋書きのないスポーツなんてない」
豊原が日本ラグビーの節目となる勝利に巡り会うことができた理由が、なんだかわかるような気がした。
名実況を残してきたOBの山本浩アナが「筋書きのないスポーツなんてない」と話したことが、豊原の心に強く刻まれているのだという。
実況者もまたそういった運を呼び込むための準備は不可欠なのだろう。教えを重んじる姿勢や緻密な取材、学びを求める貪欲さは豊原がもがいた末に掴んだスタイルなのかもしれない。4年前の南アフリカ戦からの思い、そして自身の実況スタイルをすべて込めたのが、アイルランド戦の「もうこれは、奇跡とは言わせない」という言葉だったのだ。