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体重2.8kg減、ザック重量5.1kg減。
TJAR「無補給」の末に見えたもの。
text by
千葉弓子Yumiko Chiba
photograph bySho Fujimaki
posted2018/08/25 17:00
日本一過酷といわれる山岳レースTJARを走り終えてこの表情。望月将悟はその瞬間をどういう心境で迎えていたのだろうか。
ようやく、山が自分を認めてくれた。
ゴールをした望月の身体は見た目にもわかるほど痩せつつも、限界を超えたアスリート独特の充実感と解放感を放っていた。
スタート時に66.5kgあった体重は 63.7kgに。ゴール直後に飛び込んだ海でシューズが海水を含んだので、それを差し引くと3kg以上は体重が落ちたことになるだろう。食料や水を詰め込んだザックは13.4kgから8.31kgへ。
意外に減っていない印象だが、レース中のゴミもすべて持ち帰り、朝露で濡れたシートなどはスタート時より重くなるので、この数字になる。望月も「正直、あまりザックの重さの変化は感じなかった」と、軽くならなかったことに苦笑する。
この挑戦で、望月にはどんな世界が見えたのだろうか。
「南アルプスの地蔵尾根で不思議なことがありました。これまでの挑戦では疲れと眠さに襲われる一番つらい場所だったんですが、今回はその前まで感じていた心と体のズレが消えていて、ピタッと一致した。『これだ、この感覚なんだ!』と思ったんです。自分が自然に受け入れられた、自然に溶け込めた感覚といったらいいんですかね。もう荷物の重たさも足の痛みも感じない、山が自分を認めてくれたんだと思いました」
2010年の優勝以来、望月は記録の更新など常に先頭を走ってきた。あまたのプレッシャーをもプラスに変えて、誰も見たことがない世界を私たちに見せてくれた。今回のチャレンジもそのひとつだ。挑戦の意味が真に解き明かされるのはおそらく、これを受け止めた人たちの心の中で何かが育ち、それぞれが新たなアクションを起こしたときだろう。
TJARを終え、望月は空っぽになった。
「実はずっと涙がでていたんですよ」と望月は小さな声でいった。
「どの尾根を歩いていても、これまでのことが思い出されたんです。あぁ、あの選手と抜きつ抜かれつして歩いたなとか、ここは空が美しかったなとか、猛威をふるう自然に対してなんとか耐え抜いた場所だなとか。涙もろくなっちゃったね(笑)」
「無補給」でのTJARというかつてない挑戦を終え、望月は空っぽになった。でもこれは通過点に過ぎない。次のあらたな挑戦の種を探しに、また走り出すだけだ。
最後に。2018年のTJARは30名の選手が挑戦し、27名が完走を果たした。ここでは望月将悟の挑戦を描いたが、一人ひとりに物語があり、それを支える人たちがいる。砂浜に立てられた小さなゴールゲートを目指して、心も体も限界を越えていこうとする選手全員のスピリットに心からの拍手を送りたい。
photographs by Sho Fujimaki/Shimpei Koseki/Takehisa Goto/Hao Moda