球体とリズムBACK NUMBER
発言は優等生でも、あまりに魅力的。
CWCの会見に溢れたジダンの“オーラ”。
posted2016/12/18 07:00
text by
井川洋一Yoichi Igawa
photograph by
AFLO
現役時代のジネディーヌ・ジダンにボールが渡ると、まるでそこだけ時空が変わったように、球体はそれまでと違う転がり方をした。よく躾けられた飼い犬みたいに、主人の意のままに動いていたことを覚えている。
監督となったジダンが壇上に上がると、途端にそのステージは照度が上がったように見え、集まった人々の視線は釘付けになる。僕は本当に少し目を細めた。それをオーラと呼ぶ人もいるだろう。
彼の生まれ故郷はマルセイユ郊外の移民街だ。お世辞にも品の良いところとは言えない。しかしフットボール史上最高の選手の1人となったアルジェリアにルーツを持つ男は、その華々しいキャリアの過程で洗練と知性を身につけ、すべてを手に入れてスパイクを脱いだ時、非の打ちどころのないジェントルマンになっていた。
本当にこの人がドイツW杯決勝でマルコ・マテラッツィにヘッドバットを見舞ったのか。目の前の姿からはちょっと想像できない。
言葉は平凡だが、あまりに魅力的。
クラブワールドカップ準決勝前日の会見で、ジズー(親愛を込めてそう呼んでみる)はどんな質問にも相手の目をまっすぐに見て答え、柔和な表情で場を和ませた。「(明日は)難しい試合になる」とか、「自分たちが勝つとは思っていない」とか、「(クラブワールドカップは)重要な大会だ」とか、率直に言って、口を出るのは紋切り型の言葉だ。
それでもあの優しい笑顔を向けられれば、それらを全面的に肯定している自分に気づく。まるでよく手懐けられた子犬のように。
1978年生まれの僕にとって、'98年フランスW杯は特別な大会だ。まだまだ多感な時期に、深夜から早朝にかけて、ほどよく粗い映像をドキドキしながら観ていた。幸か不幸か、その濃度の高いトーナメントがW杯のスタンダードとなったため、以降の大会には満足できないことが多かった(たぶん不幸だ)。そして説明は不要かもしれないが、18年前のあの大会の中心にいたのが、ジダンだった。