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新日本プロレス&スターダムの合同興行が話題だが…32年前、“日本初の男女ミックスドマッチ”を導いた男「こんな試合やめちまえ!」 

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堀江ガンツ

堀江ガンツGantz Horie

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posted2022/09/02 17:00

新日本プロレス&スターダムの合同興行が話題だが…32年前、“日本初の男女ミックスドマッチ”を導いた男「こんな試合やめちまえ!」<Number Web> photograph by AFLO

L)日本に男女混合団体を定着させた大仁田厚、R)日本初のミックスドマッチにも出場した工藤めぐみ

実現した「日本初の男女ミックスドマッチ」

 しかし、転んでもただでは起きないのが大仁田厚だ。大仁田は新間のブッキングで1989年7月2日、後楽園ホールで行われた第2回梶原一騎追悼興行『格闘技の祭典』に出場し、空手家の青柳政司と異種格闘技戦を行い大きな反響を呼ぶと、同年10月にインディー団体の走りであるFMWを旗揚げ。

 FMWのコンセプトは「おもちゃ箱をひっくり返したような団体」であり、異種格闘技戦の他、デスマッチやルチャ・リブレなどさまざまな試合を組み、そこに国際プロレス以来の「女子部」も設立したのだ。

 当初、新人ばかりのFMW女子はレベルの低さから観客の失笑を買っていたが、翌90年に元・全女のアウトブレイカーズ(工藤めぐみ、天田麗文、コンバット豊田)が乱入から正式入団すると、試合内容の底上げに成功。工藤めぐみの人気爆発もあり、全女と提携していたユニバーサルレスリング連盟とともに、男性のプロレスファンに女子プロレスが認められるひとつのきっかけとなった。

 そして90年10月26日には岐阜県美濃市体育館で日本初の男女ミックスドマッチ(ターザン後藤&デスピナ・マンタガスvsリッキーフジ&工藤めぐみ)を行っている。今回の新日本×スターダムから32年前の話だ。

 しかし、男女混合団体だったFMWでも試合は男と女は分けて行われており、ミックスドマッチを行うのは稀だった。男女が一緒に試合を行うのは、“なんでもあり”のFMWであっても“邪道”だったのである。それだけに、歴史と伝統があるメジャー団体・新日本がミックスドマッチを行うことに反対意見が多いのも頷ける。

新日本と女子プロレスはどうかかわってきたのか?

 新日本の歴史を振り返ると、女子プロレスとの絡みがなかったわけではない。近年、東京ドーム大会でスターダム提供試合が組まれるのは恒例となっていたし、2002年5月2日に東京ドームで行われた創立30周年記念興行『闘魂記念日』では、全女の提供試合として豊田真奈美&堀田祐美子vs中西百重&伊藤薫が行われ、その試合レベルの高さから、この日のベストバウトとの声も聞かれた。

 ただし、これらは女子の「提供試合」だったから受け入れられたもので、2002年10月14日の新日本東京ドーム大会で、元WWEのジョーニー・ローラーと蝶野正洋の一騎打ちが組まれた時は、ローラーが男性顔負けの肉体を誇り、WWEではショーン・マイケルズやトリプルHと伝説のユニットDXを組んでいた事実があってもファンに受け入れられたとは言い難かった。

【次ページ】 新日本と女子プロレスはどうかかわってきたのか?

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