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「あのキタサンブラックはディープインパクトでも差せないよ」 天皇賞・春で激突したライバル・サトノダイヤモンド陣営が“敗北を認めた日”
text by
石田敏徳Toshinori Ishida
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2022/04/28 11:01
2017年の天皇賞・春をレコードで制し、ライバル・サトノダイヤモンドに勝利したキタサンブラックと武豊
ついに切られた天皇賞・春のスタート
スタートが切られた。ゲート内ではかなり気が昂っていたキタサンブラックだが、鞍上に誘導されてこの日も上手な飛び出しを決める。ちなみに武豊騎手によれば「ゲートのうるささはブラックタイド譲り、飛び出しの速さは(母の父の)サクラバクシンオー譲り」なのだという。
先手を主張したのはやはり、「自分の競馬をするつもりだった」という松山弘平騎手のヤマカツライデン。これを斜めに見る形となった1周目の坂の上りでは、生真面目に前を追いかけようとするキタサンブラックを武がなだめる場面があった。
(折り合え、何とか折り合ってくれ)
清水がスタンドから念を送った序盤のポイントである。それでも坂の下りに差し掛かると、ヤマカツライデンはいつものように大逃げの態勢に入り、離れた2番手につけた人馬の呼吸も段々と、スムーズになっていく。
「動けないポジションには嵌りたくなかった。あとはやっぱり、折り合いに気を付けていました」という武にしてみれば、2つの課題をクリアした格好。ゴール板付近に設けられている調教師席の前を通過する頃には、清水も胸を撫で下ろしていた。
「目の前を走っていくときの手応えが凄くよかったんです。逃げた馬のラップは確かに速かったですけど、あの手応えなら馬は無理していない。そう受け取りました」
敗北を悟った池江…飛んできた伏兵たち
その時点で池江はもう、早くも白旗を掲げ始めていた。スタートからしばらく、隣枠のワンアンドオンリーと並走する形になり、なかなか内に入り込めなかったルメール騎手が腰を落ち着けた先は中団の外。キタサンブラックからは5馬身ほど離れた位置だった。
「最初の3コーナーまでにもう少し差を詰めておきたかったね。結果、キタサンの近くにはつけられなかったし、相手はノープレッシャーで走れている。2500mとかならともかく、あの距離であの形になると道中も動くに動けない。1周目のスタンド前を通過するときにはもう、これは届かない、絶望的だなと思っていました」
一方、その少し前ではシュヴァルグランの福永祐一騎手が虎視眈々の構えでいた。サトノダイヤモンドの機先を制し、先に動いた阪神大賞典では相手にねじ伏せられてしまったが、その結果を踏まえ、厩舎サイドとは身体つきをもっとシャープにしていこうと話し合った。当日の馬体重はマイナス6kg。馬に跨った感触も前走時とは異なっていたという。
「返し馬の時点で十分、勝負できる状態だなと感じました」
キタサンブラックを視野に入れて好位を追走。思惑通りの競馬はできている。あとは――。彼はある“秘策”を胸にレースを運ぶ。
フラッシュバックした有馬記念の残像
前半1000mの通過が58秒3、2000mは1分59秒7。中盤もペースを落とせなかったヤマカツライデンの脚勢は3コーナーから急速に鈍り、キタサンブラックとの差が見る見るうちに詰まっていく。この時点では「自分のペースを守っていただけ」だったが、チラリと外を見遣り、後続を確認した残り600m地点から武は意識的にラップを上げた。その瞬間、福永の秘策は潰えた。
「勝負どころで豊さんがちょっとでも後ろを待ってくれたらチャンスになるというのは、レース前から思っていたんです。そのときはグワンと先に動いて、4コーナーを回るぐらいで先に出ちゃうつもりだった。実際、こちらも坂の下りで外に出して、いつもより早く動いているんです。でも、待ってくれなかった。人馬ともに隙がなかったですね」