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箱根駅伝PRESSBACK NUMBER
「さすがにムリ…」→「まだ間に合うかも!」寺田夏生がいま振り返る箱根駅伝“コースアウトの瞬間”「オレだったら間違えねえ」先輩の愛あるイジリも
posted2022/03/31 17:01
text by
小堀隆司Takashi Kohori
photograph by
Asami Enomoto
2011年の箱根駅伝は、早稲田大が大学駅伝3冠を達成した大会だ。寺田と同学年のルーキー大迫傑が1区で独走。5区で東洋大の柏原竜二(3年)に逆転を許したものの、6区で再度逆転を果たし、粘る東洋大を振り切って10時間59分51秒の大会新記録を打ち立てた。
その一方で、シード権(10位以内)争いも熾烈を極めていた。8位以下が大混戦で、最終10区のランナーに襷が渡った時点で、8位の城西大から13位の山梨学院大までの差がわずかに1分9秒しかなかったのだ。
寺田はシード権まであと1人という、11位で襷を受け取った。その時の心境についてこう語る。
「正直、混戦となって嬉しかったです。練習が積めていなかった分、単独走になったらキツいなと思っていて、できれば近くに誰かがいる状況で一緒についていきたかった。実際には前を行く10位の選手との差がなかなか詰まらなくて、キツいなと思っていたんですけど、後ろから他大学の選手が追いついてきたんです。そこでもう一度気持ちを切り替えてついていったら、そこからわりと体が動いてくれましたね」
11位で襷を受け取ったことは分かっていた。一つ順位を上げればシード権に届くことも知っていた。だが、そこから抜きつ抜かれつしていく中で、ボーダーライン上にいることは認識しつつも、正確な自分の順位が分からなくなっていた。
「一度体が動き出してからはずっと余力があって、自分は給水も取らなかったんですよ。後で監督が『あそこは余力があってもなくても給水を取るんだって。そこで指示を聞いて順位を確認するんだよ』って怒ってましたけどね(笑)。とにかくスパートには自信があったので、集団の中で誰かが仕掛けたらそれについていこうと、それだけは決めてました」