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なぜベンチ外のはずの阿部さんが? 「浦和の背番号22を継承」柴戸海に託された“天皇杯決勝前、40歳現役最後の貢献”とは
posted2022/01/21 17:02
text by
塩畑大輔Daisuke Shiohata
photograph by
J.LEAGUE
2021年夏、早朝の大原サッカー場。
阿部勇樹は、誰もいない深緑のピッチに足を踏み入れた。大半の同僚たちは、まだクラブハウスにも来ていない。全体練習とはあえて時間をずらして、39歳のベテランはリハビリのメニューを組んでいた。
野崎信行トレーナーとともに、ゆっくりとピッチの外周を走る。ピッチの四隅にあるコーナーの外側を、几帳面に回っていく。誰かが見ているわけではなくても、走るコースをショートカットするようなことはしない。20年以上、ずっとそうしてきた。
開幕直後。世代交代が進むチームにあっても、主力の一角として奮闘した。5月9日には、美しい直接FKでシーズン3得点目も挙げた。だがそれからしばらくすると、足の甲の痛みでプレーが困難になった。検査をしても、原因がわからない。
そのまま1カ月がたち、2カ月がたった。40歳が迫るベテランにとって、残された時間は貴重だ。並の選手なら、いらだちを隠すことなどできないだろう。だが、阿部は淡々としていた。それどころか、この状況でしかできない、意外な発見を重ねていた。
芝生管理者に「あのへんでリハビリしていいですか?」
芝を管理するスタッフの朝は早い。増田敏文さんと伊達誠一さんはその日も、朝露のピッチを歩き回り、芝の状態を確認していた。急に背後から声をかけられ、驚いた。
阿部だった。
「今日はあのへんでリハビリのメニューをやりたいんですけど、いいですか?」
う、うん。いいよ。問題ない、問題ない。
突然のことで、増田さんの返答はたどたどしくなった。
ピッチを使っていいか。そんな確認を、ほかでもない選手からされたことなどなかった。選手がピッチを使うことなど、当たり前だからだ。ただ、たしかに阿部が指差したあたりを使ってもらえると、助かる。数日前に傷んだ芝が、しっかりと回復した場所だったからだ。
「僕らの仕事を見てくれていたのかな、と」
「僕らの仕事を見てくれていたのかな、と」
増田さんはしみじみと言う。天然芝のピッチは、まさに生き物だ。使えば傷つく。ある程度回復するまでには、それなりに時間を要する。傷ついた場所を繰り返し使ってしまうと、回復が間に合わない。
そうやって、地中の根っこにまでダメージが及ぶと、植え替えをしなくてはならなくなる。だから、大原サッカー場は天然芝のピッチがA面、B面と2面分取れる広さになっている。
増田さんたちは芝の状態を慎重に確認しながら、練習前のチームに「今日はこっちのピッチで」と要望を出す。基本的に、どの監督もこの要望を汲んでくれる。ピッチの状態が良好でないと、練習の効果はあがらないからだ。
だがそうして使い分けをしていても、その日のメニュー次第で芝は深く傷つく。激しい対人プレーのメニューは、芝へのダメージも大きい。これを場所を変えず、長時間繰り返すと、ピッチはまるで掘り返された芋畑のように痛んでしまう。