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阿部勇樹は10年前「プレミア名門のオファー」を断っていた… あえて《J2降格寸前だった浦和レッズ復帰》を選んだ真相
posted2022/01/21 17:01
text by
塩畑大輔Daisuke Shiohata
photograph by
Michael Regan/Getty Images
2020年シーズン。
浦和レッズ・阿部勇樹は1年の大半を、ベンチ入りメンバーから外れたままで過ごした。2018年半ばにオリベイラ監督が就任して以来、チーム内での立場は変わっていた。加えてこの年は、ケガによる戦線離脱も続いた。
プロ歴はすでに20年をこえていた。引退も意識せざるを得ない中、それでも阿部は現役にこだわり続け、黙々とリハビリをこなした。いったいなにが、心の支えになったのか。
彼の脳裏にあったのは、かつて遠いイギリスで見聞きした光景だった。
「レスターがもし、プレミア昇格したら」
2011年秋。
阿部はイギリス・レスター市の駅で、特急列車を待っていた。イングランド2部のサッカークラブ、レスター・シティFCに移籍してから、1年あまりがたっていた。現地の暮らしにも慣れた。この日はオフ。ひとりでロンドン市内に買い物に出かけるところだった。
クラブのサポーターが阿部に気づき、声をかけてくる。そつなく英語であいさつを返す。現地の大学にも通い続け、語学力も身についていた。当時の様子を知るマネジメント事務所のスタッフは証言する。
「彼はシャイなので、僕らのような顔見知りの前では、あえて英語がしゃべれるところをみせないんですよね。実際には、買い物途中に近所の青果店のご主人さんと立ち話になってしまって、なかなか帰ってこない、みたいなことまでありました」
ロンドン行きの特急列車の車内のように。ひとりきりになったとき、阿部には思うことがあった。
「レスターがもし、プレミアリーグに昇格したら、街はどんなに盛り上がることだろう」
それを見届けたいな。心からそう思っていた。
ただ一方で、気になることもあった。2010年に阿部が加入したのとほぼ同時期に、クラブのオーナーがタイの企業に変わった。多額の資金が投入され、プレミア昇格の機運が高まる一方で「分断」も起きていた。クラブの変革を是とする人もいれば、受け入れられない人もいる。
サポーターも、選手も、どこか迷っていた。チームの中にも、阿部のようなアジア人を好意的に受け入れる選手もいれば、そうでない選手もいた。
タイの資本が投入され始めたことを、阿部はレスターにとっての転機だと感じていた。本当はいまこそが、クラブを取り巻くすべての人がまとまるときなのだ。そうすれば、きっと昇格はできるのに……。
気がつけば、車窓のレスターの街が小さく、遠くなっていた。