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なぜベンチ外のはずの阿部さんが? 「浦和の背番号22を継承」柴戸海に託された“天皇杯決勝前、40歳現役最後の貢献”とは
text by
塩畑大輔Daisuke Shiohata
photograph byJ.LEAGUE
posted2022/01/21 17:02
2021年、ホーム最終戦の引退セレモニー前の阿部勇樹
18日、午後8時。
阿部は都内のホテルに、人知れずチェックインした。そこは、翌日の天皇杯決勝に臨む浦和のベンチ入りメンバーが前泊をしている宿舎だった。
すでに夕食は終わり、それぞれが自室に戻って休息をしていた。誰にも会わないように。息を殺すようにして、阿部は用意された部屋に滑り込んだ。
チームと行動をともにしてほしい。それが、リカルド・ロドリゲス監督の要望だった。
実は、ボランチとして先発予定の柴戸海が、負傷を抱えていた。もしもプレーが難しければ、阿部がベンチに入ったり、あるいは代わりに先発したり、という可能性が残っていたのだ。
阿部は要望を受けたが、一方で「普通にチームに同行することは避けたい」と申し出た。ベンチ外のはずの自分が同行すれば「やはり柴戸は厳しい状態なのか」と周囲は動揺する。いったん「このメンバーで勝つ」と一丸になったチームの空気を乱すのも、得策ではないと考えた。
自分が監督だったなら。
2017年に恩師・オシムさんのもとを訪れてから、阿部はずっとそういう視点を持ち続けてきた。
きっと監督・阿部勇樹は、こう考える。指揮官として自分が考える「ベストメンバー」「ベストの戦術」を、すべての選手に信じていてほしい、と。
であるならば、だ。
自分はベンチ入りメンバーと、距離を置かないといけない。そう結論づけた。
親しい周囲に対しても一切伝えなかった
現役最後の試合に、出られるかもしれない。
そんな状況にもかかわらず、そのことを本当に親しい周囲に対しても、一切伝えなかった。万が一「監督がベストと考える布陣で決勝戦に臨めないかもしれない」という情報が、何らかの形で世の中に広まってしまったら。サポーターのみんなも動揺する。それでは、浦和にかかわるすべての人が、一丸で戦うことができなくなる。
過渡期のレスター。そして、柏レイソルの優勝。2011年、遠い英国の地で「クラブが一丸となる大事さ」を思い知った。浦和が一丸になれば、世の中が驚くようなことを起こせる。それを証明したい。その一心で戦い続けてきた。だからこそ、個人的に大事な試合であっても、みんながまとまる邪魔になるようなことは絶対にできなかった。
翌朝。
朝食の会場にも、阿部は姿を現さなかった。
「海、お前はきっともうひとつ上のレベルに行ける」
柴戸海はそのことを、チームスタッフから伝え聞いたようだ。
阿部ほどの選手が、自分のために黒子のようなことをしてくれている。たまらなくなったことだろう。
なんとか会いたい――。そんな一心が通じたのか。ベンチ入りメンバーより先に部屋を引き払った阿部と、宿舎の一角で会うことができた。阿部は頭を下げる後輩に、こう伝えた。
「海、今日のような大事な試合をしっかり戦えれば、お前はきっともうひとつ上のレベルに行ける」
覚悟を固めてほしい、という気持ちもあった。だが、その言葉を待たずして、柴戸の覚悟は固まっていた。昨夜からの阿部の振る舞いを聞いていたからだろう。その足で彼は、工藤輝央コーチにこう伝えに行った。
「足がつったくらいでは、代えないでください」
ケガもあるし、つったら代えるだろ。そう言われても、どこまでも真剣な表情で返した。
「いえ、絶対に代えないでください」