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大谷翔平はなぜ米男性ファッション誌の表紙を飾ったのか? 背景にあったアメリカ社会の「MLBがつまらなくなった」批判、ファン高齢化 

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内野宗治

内野宗治Muneharu Uchino

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photograph byNanae Suzuki

posted2024/05/14 17:02

大谷翔平はなぜ米男性ファッション誌の表紙を飾ったのか? 背景にあったアメリカ社会の「MLBがつまらなくなった」批判、ファン高齢化<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

アメリカの老舗男性向けファッション雑誌『GQ』スポーツ版の表紙を飾った大谷翔平。その背景を読み解くと「MLBの危機」があった

「衰退」の一方、野球ビジネスは大繁盛

 ファンの高齢化に伴い野球は斜陽化している……にも関わらず、MLBの市場規模は過去30年で約10倍になったという現実がある。1995年に日本円で約1500億円だったMLBの収入は、2022年には約1兆5000億円に達した。選手の平均年俸も右肩上がりで高騰し、大谷のような「1000億円プレイヤー」が生まれるまでになった。

 ライリーの言葉を再び引用すると「野球がアメリカの文化的想像力の中で衰退をつづけている」のに、野球ビジネスが大繁盛しているのはなぜなのか?

マネーゲーム化の功罪

 それは、1990年代以降のIT革命とグローバリゼーションによってアメリカ経済が成長した(過去30年でGDPが4.5倍になった)ことに加え、MLBもその波にうまく乗ったからだろう。MLBはオンラインメディアの運営や海外市場の開拓によって、事業の収益性を向上させた。同時に、かつては素朴な「国民的娯楽」だった野球が、選手を金融商品に見立てた「マネーゲーム」に変わっていった。ウォール街でバリバリ働く金融マンや資本家が球団経営に参画し、選手や球回、スタジアムを投機対象と見なし、統計学やファイナンス理論に基づくデータドリブンな球団経営を始めたのだ。各地で収益性の高い新球場が建設され、またMLB機構がテレビ放映権を一括管理することで莫大な放映権料を得るようになった。こうしてMLBがビジネスとして成長すればするほど、皮肉にも「野球がつまらなくなった」と言う人が増えていった。

データによる機械的なシステム化

 MLBの「マネーゲーム」化と並行して、野球というゲームそのものの質も変わっていった。1990年代後半、サミー・ソーサとマーク・マグワイアが歴史的なホームラン競争を繰り広げ、2001年にはバリー・ボンズが歴代最多のシーズン73本塁打を放ったが、彼らは禁止薬物であるステロイドの力を借りていた。また、2000年代には野球のデータを統計学的に分析して選手編成や戦略立案を行うセイバーメトリクスが球界に浸透し、野球は現場の感覚を頼りにしたアナログなゲームではなく、数字に基づくデジタルなゲームに変わった。投手の球数は徹底的に管理され、先発投手の「完投」を理想とするような価値観は時代遅れとなり、効率的でシステマティックな経営を推し進める″株式会社″のごとく徹底した分業制が敷かれた。2010年代にはプレーのトラッキング技術が進化し、選手たちはiPadでデータを見ながら自身の「バグ」を見つけて「フィックス」(修正)する作業に勤しむようになった。

【次ページ】 「野球本来の楽しさ」を体現する大谷の存在

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大谷翔平
ロサンゼルス・ドジャース

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