巨人軍と落合博満の3年間BACK NUMBER

「ん? 落合さんは何かが違う…」落合博満40歳の世話係になった“甲子園アイドル”の告白「お前さぁ、ビビるんじゃないよ」落合はこうして巨人を変えた 

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中溝康隆

中溝康隆Yasutaka Nakamizo

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photograph byAsahi Shimbun

posted2023/11/12 11:01

「ん? 落合さんは何かが違う…」落合博満40歳の世話係になった“甲子園アイドル”の告白「お前さぁ、ビビるんじゃないよ」落合はこうして巨人を変えた<Number Web> photograph by Asahi Shimbun

1994年、巨人での開幕戦でいきなりホームランを放った落合博満(当時40歳)。写真は同年のトスバッティング

 数カ月前、落合の加入について聞かれ、「ボクのほうから教えを聞きにいくことはない」なんて若さと対抗心を露わにしていた松井ですら、開幕後に週刊ベースボール誌上で「落合さんが打線に入ったことで、自分たちにもできそうな気になった。頼る、というわけではないけど心強いし、存在感がありますから」と“落合効果”を口にするほどだった。

 そんな、グラウンド上の現場監督のような存在感を放つ、背番号60をベンチからじっと観察するひとりの若手選手がいた。当時プロ4年目の元木大介である。90年のドラフト1位で1浪の末に悲願の巨人入りを果たした元木だったが、故障がちで94年も左足首の捻挫で出遅れ、一軍昇格は開幕から約1週間が経った4月15日のことだった。

 長年のチームの顔・原辰徳こそ左アキレス腱の部分断裂で二軍調整中も、川相昌弘、岡崎郁、篠塚和典らベテラン内野陣が健在で、シーズン序盤の元木は途中出場がほとんどだったが、甘いマスクの“甲子園のアイドル”というイメージとは裏腹に相手バッテリーの特徴や投手のクセを見抜く観察眼に長けていた。多くの控え選手がベンチから試合を見たが、同じ光景を眺めてもそこから何かヒントを掴む選手と、漠然と時間を過ごしてしまう選手がいる。それが一種の“野球センス”の有無とも言えるわけだが、元木はすぐあることに気がつく。

 試合を左右する重要な場面になると、決まって絶妙なタイミングで落合がマウンド上の投手に声をかけるのだ。ここは本当にピッチャーが苦しんでいると思った矢先、気がつけばゆっくりと一塁から背番号60が歩き出している。

「落合さん、マウンドへ行くときはファーストからいつもノソノソ歩いて行く。最初は『走って行ってよ』とか思いながらベンチで見ていましたけど、考えたらそれが絶妙な“間”なんですよ。ヤバイなって思う時にスーッと歩いていって何かモソモソ言って、グラブでケツ叩いてフーッと戻って来るんです。(中略)あの行くタイミング、間というのは、これだって思って勉強しました」(長嶋巨人 ベンチの中の人間学/元木大介・二宮清純/廣済堂新書)

落合「お前ら余計なこと考えてるから…」

 あえて、投手に何を言ったのか聞くようなことはしなかったが、ベンチでは臆することなく落合の隣に座り、打撃のアドバイスを貰うこともあった。

【次ページ】 落合「お前ら余計なこと考えてるから…」

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