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「もう腹をくくるしかない」ロンドン2012・男子100m決勝で数々の奇跡が重なった中で“絶対王者”ウサイン・ボルトを撮影した思い出の1シーン
posted2024/04/24 10:00
text by
岸本勉Tsutomu Kishimoto
photograph by
Tsutomu Kishimoto
僕はバルセロナ1992から、4年に一度の大舞台を撮り続けてきました。
さまざまな競技の瞬間を覚えていますが、数々のシーンを撮ってきた中でも「この1枚」と言える写真を撮ることができたのがロンドン2012、陸上男子100m決勝です。ウサイン・ボルトが北京2008に続く連覇を果たしたレースです。
ゴールへ向かう選手を横からおさえ、先頭を駆けるボルトを集団で追いかける構図になっています。実はこの写真には裏話と言いますか、あるストーリーがあります。決勝が行われた8月5日は室伏広治さんが出場するハンマー投げも実施されていました。室伏さんはメダルを獲得する可能性が高かったことから、フォトチーフが便宜を図ってくれて僕ともう1名の2名が日本のカメラマンの代表撮影ということでフィールド内に入ることができました。
予定ではハンマー投げを撮り終えたら100m決勝に合わせて撮影ポジションを移動するつもりでした。でもハンマー投げの進行が長引き、そのうちに100mが始まろうとしていました。100mのスタートとなるとハンマー投げもいったん中断するので移動しようとしたのですが、「ここから動くな」とフォトチーフに制止されてしまいました。
もう腹をくくるしかない……と、撮り方を工夫
なので、そのままインフィールドから撮ることになりました。つまりランナーをハンマー投げのフォトポジションから狙うことになったわけです。フィニッシュ側のエリアから、走ってくる選手を正面から狙う場合、迫ってくる選手を撮るわけですからシャッターチャンスは何度もあります。でも横からはほんとうに一瞬を狙うしかない。わざわざ行かないエリアです。
もう腹をくくるしかないと思い、撮り方を工夫しました。正面から狙うならシャッタースピードを上げてかっちり撮るのですが、少しだけシャッタースピードを遅くして、ちょっと手の動きとか足の動きがブレるようにすることでスピード感を出すようにしたのです。でも表情はおさえておきたい、かといって速ければふつうのカットになってしまいます。シャッタースピードの加減は簡単ではありません。そこはさまざまな競技を長年撮り続けてきた経験が活きていたと思います。
このときはもうデジカメの時代でしたが、実はスタートしてひたすらシャッターを押し続ければいい写真が撮れるわけではありません。もちろんスタートからカメラで追っていますが、シャッターはある程度まで選手が来て、時と場合にもよりますがだいたい60mあたりから押し始めます。そうじゃないとリズムが狂うんですね。これは100mに限ったことではなく、地面に足がつく瞬間だと髪の毛が乱れて変顔になったりします。リズムが大切なのは陸上だけでなく競泳など他の競技もそうです。