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<龍角散presents エールの力2024①>球界屈指の捕手・甲斐拓也は「18.44mの勝負の行方を左右する“声の力”」の大切さを知っている。
posted2024/04/10 11:00
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
Naoya Sanuki / Nanae Suzuki
福岡ソフトバンクホークスの正捕手であり、侍ジャパンの常連でもある甲斐拓也には、理想のキャッチャー像がある。
「キャッチャーはつねに状況を把握して、あらゆる準備をしておかなきゃいけない。チームの中で、しっかり一本立っていなければいけない存在だと思う」
試合を大きく左右する、チームの幹。キャッチャーをそう考える甲斐は、18.44m先にいるピッチャーとのコミュニケーションにこだわり抜く。
「ぼくたちが出すサインの指一本で、ゲーム展開は大きく変わる。キャッチャーに少しでも迷いが出ると、それだけでピッチャーは思い切って腕を振れなくなってしまうので、頭の中にあるプランを明確に伝えることを心がけています」
ホークスの本拠地PayPayドームでのインタビューは、まだ始まったばかり。だが筆者はやがて、この選手がなぜホークスや侍ジャパンで頼りにされるのかがわかってきた。
甲斐は筆者の目をまっすぐに見て、太く落ち着いた声で一つひとつの問いかけに丁寧に答える。中途半端にやりすごそうとするところが、まったくない。「甲斐キャノン」と呼ばれる強肩に加え、目の前の課題に向き合う誠実さが、チームメイトや首脳陣からの信頼につながっているのだろう。
4年ぶりに体感した、声援の持つ力の大きさ
日本のスーパースターたちが高校球児のように喜怒哀楽を露わにし、声をからして戦ったWBC。この大会でも、縁の下の力持ちとして侍ジャパンの進撃を支える甲斐の姿があった。
「侍ジャパンでは知らないピッチャーと組んで、短期間で信頼を得なければいけないですし、キャッチャーのグループの中で情報を共有しなければいけない。それはいつもと違う作業なので、朝から晩までひたすら頭をフル回転させました。世界一への思いの強さもあって、一瞬一瞬にすべてを出し切っていたので、試合に出ても出なくてもハンパない疲れがありました」
数々の大舞台を経験してきた甲斐にとって、WBCはすべてが別格だった。声出し応援が4年ぶりに解禁されたこともあり、声援の持つ力の大きさを肌で感じる大会でもあった。
「侍ジャパンでは2021年に金メダルを手にしましたが、いま思えばあの大会は無観客でした。プロ野球でも3年間、声出し応援が禁止になり、あのときはぼくもプレーしていて寂しさを感じていました。でも昨年から声出し応援が解禁されたことで、WBCでは大観衆のすさまじい歓声の中でプレーすることができました。一球一球に対するどよめきや大歓声が聞こえる中でプレーするのは、やっぱりとても気持ちいいものがありましたね」
ホームの熱烈な歓声に後押しされ、東京ラウンドを勝ち上がった侍ジャパンと甲斐は、続くアメリカラウンドで敵地の強烈な声にさらされることになった。とりわけプレッシャーがかかったのが準決勝、3点のビハインドを追いかけることになったメキシコ戦。