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伊藤みどり、荒川静香…歴戦のプログラム編曲者が語る羽生結弦「なぜ羽生君の『SEIMEI』は音にピタリとハマるのか」 

text by

野口美惠

野口美惠Yoshie Noguchi

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photograph byAsami Enomoto

posted2021/01/22 17:03

伊藤みどり、荒川静香…歴戦のプログラム編曲者が語る羽生結弦「なぜ羽生君の『SEIMEI』は音にピタリとハマるのか」<Number Web> photograph by Asami Enomoto

昨年の四大陸選手権で2季ぶりに『SEIMEI』を演じた羽生。新ルールに合わせた30秒縮めた編曲も矢野さんが担当した

「羽生選手からの最初の依頼は2013年のフリー『ロミオとジュリエット』でした。ちょっとした繋ぎのノイズがあって、『集中してイヤホンで聞いてると、すごく気になる』ということでした。本当に小さなノイズなので、彼の耳の良さ、そしていかに真剣に聞き込んでいるかが分かりました。そして羽生君の演技を最初に見たときに、『すごい音に合わせている! やっぱり音を聞いて身体と合わせていることで、良い演技に繋がっていくんだ』と感じたのです」

他の選手なら、2、3バージョン作って終わりだが……

 その後、羽生から初めて来た本格的な依頼が『SEIMEI』だった。

「2015年5月の始めに『陰陽師でフリーを作りたい』という連絡がきました。彼の場合、歴史的な部分も色々と勉強して、これを演じたいという気持ちがしっかりと固まった上での依頼でした」

 他の選手の曲ならば、2、3バージョン作ると終わりという事が多い。しかし羽生からの依頼は、こだわりのレベルが違った。

「バージョン1を制作したのが5月10日で、そこから6月20日まで33バージョンを彼に送りました。自分のなかでボツにしたものも含めると42バージョンあります。完全にオリジナルの作品として仕上げていくわけですから、絶対的な答えがあるわけではありません。龍笛の音ひとつとっても、引き伸ばし、音程も変え、テンポも合わせて、という作業で、一旦作ってみたものを翌朝聞いてみて『やっぱり直そう!』ということが何度もありました」

「このコレオの部分、1秒縮めることは出来ますか?」

 まずは振付を始めるため、全体的な流れの編曲を固めた。

「全体の流れとしては、最初は太鼓でガーっと入っていってちょっと盛り上げて、そして、静かなパートがあって、だんだん最後に向かっていって盛り上げていく、というものになりました。彼の場合、音との調和がすごく出来る人なので、そういった緩急をしっかりと作りました」

 トロントでの振付が始まると、さらに細かい要望が届くようになる。

「コレオシークエンスの所は『やっぱり、最後の太鼓の音をもうちょっと強く聞きたい、リズムが聞きたい』ということでした。太鼓に合いそうな音を探して、『ターンタタン、ターンタタン』と、一個一個貼り付けていきました。リズムがコンピューター音楽のように一定ではなく揺れているので、1つ1つ聞きながら合わせる作業が必要なのです。やっと出来上がったら『このコレオの部分、1秒縮めることは出来ますか?』とさらに依頼があって……、3日間かけて、太鼓の音を貼り付け直しました」

『SEIMEI』で最も苦労したのは…「この数秒で10日かかった」

 細かい効果音も、振付をより印象的に見せるために追加していった。

【次ページ】 伝説の300点超えを目の前で見て……

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