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伊藤みどり、荒川静香…歴戦のプログラム編曲者が語る羽生結弦「なぜ羽生君の『SEIMEI』は音にピタリとハマるのか」 

text by

野口美惠

野口美惠Yoshie Noguchi

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photograph byAsami Enomoto

posted2021/01/22 17:03

伊藤みどり、荒川静香…歴戦のプログラム編曲者が語る羽生結弦「なぜ羽生君の『SEIMEI』は音にピタリとハマるのか」<Number Web> photograph by Asami Enomoto

昨年の四大陸選手権で2季ぶりに『SEIMEI』を演じた羽生。新ルールに合わせた30秒縮めた編曲も矢野さんが担当した

「イナバウアーのところは、『何か、金物系のバーンという音が欲しい』ということでしたので、チャイナシンバルというちょっと低い音を、加工してから乗せました。また、ステップシークエンスに入る前のところは『何か切り替えの隙間が欲しい』と羽生君が言い、シンバルの逆再生みたいなシャーッという印象的な音を入れました。それと同様にステップの最後には、チーンという音を入れました。繋ぎの音で芸術性を高めようという工夫は、多数ありました」

 最も苦労したのは、後半の4回転ジャンプが2つ続く場面。ピアノの音色に、龍笛の切ないメロディが織り重なる。

「もともとはピアノだけの静かなメロディでした。振付をしていくうちに、振付師のシェイ=リーン(・ボーン)が『このピアノと同じメロディが笛でもあるから、それを重ねてもらえたら』と。でも笛とピアノは、キーもテンポも違うので単純に重ねることは出来ず、ピアノをベースに敷いて、笛の音を1つ1つ作り、重ねたのです。この数秒だけで10日かかったと思います」

伝説の300点超えを目の前で見て……

 さらに滑り込むうちに、羽生自身の滑りや呼吸のタイミングと音楽を一体化させるための依頼があった。

「後半のジャンプを跳ぶあたりのピアノの音に、羽生君のこだわりがありました。ターン、ターン、ターン、ダンッと始まっていく音色で『2つ目の音と3つ目の間がちょっと身体に合わなくて、3つ目をちょっと前にして、調整できますか』ということで、彼のスケーティングのリズムと音楽が一体化するよう、1個ずつ音を入れ直していきました」

 効果音のようなピンポイントでの「音との調和」は近年増えつつある。しかし羽生のように、一歩の滑りも妥協なく音楽と一体化させようという信念のあるアプローチは『SEIMEI』が初めてだった。

「『SEIMEI』で羽生君は、僕が長年思ってきた<音楽との調和>という夢を実現してくれました。もちろん実現するためには、音楽を聞き込み、彼がものすごい練習を積んだのだと思います。2015年の長野・ビッグハット、300点超えの演技のときは音響担当でしたので彼が目の前で滑っていて、本当に興奮しました」

30秒の短縮も「すでに羽生君の頭の中では出来上がっていた」

 2020年2月の四大陸選手権では、2シーズンぶりに『SEIMEI』を復活。ルール変更があったため、30秒縮める編曲をすることになった。

【次ページ】 新プログラム『天と地と』は新たな伝説となるか

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