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伊藤みどり、荒川静香…歴戦のプログラム編曲者が語る羽生結弦「なぜ羽生君の『SEIMEI』は音にピタリとハマるのか」 

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野口美惠

野口美惠Yoshie Noguchi

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photograph byAsami Enomoto

posted2021/01/22 17:03

伊藤みどり、荒川静香…歴戦のプログラム編曲者が語る羽生結弦「なぜ羽生君の『SEIMEI』は音にピタリとハマるのか」<Number Web> photograph by Asami Enomoto

昨年の四大陸選手権で2季ぶりに『SEIMEI』を演じた羽生。新ルールに合わせた30秒縮めた編曲も矢野さんが担当した

「連絡がきたのは20年の1月4日でした。ちょうど羽生君のプログラムを演奏するクラシックコンサートが予定されていて、その準備に追われている時期。すでに羽生君の頭の中では『ここはカットして、ここは早めて』という感じで出来上がっていました。最後のコレオシークエンスのところは、耳で聞いても分かるくらいテンポを早くしています。そしてエンディングの繰り返しも、最後の繰り返しをカットしました。このバージョンで四大陸選手権の優勝を飾る事が出来たのは、嬉しいことです」

新プログラム『天と地と』は新たな伝説となるか

 そして新たな伝説が、いま始まりを迎えている。今季のプログラム『天と地と』の依頼だった。その制作背景は最新号の本誌フィギュアスケート特集で詳細に掲載しているが、矢野さんにとってこの新プログラムは、あらためて音楽とスケートの関係を見直す機会になったという。

「羽生君自身は、歴史的背景なども考えて曲を選んできているということですが、僕自身は『天と地と』と『新・平家物語』の2曲を聞いて、音楽的に合う部分をひろっていき1つの音楽として成立させる作業でした。今回感じたのは、羽生君は、自分の見せ方をすごく客観的に見られているということです。例えば動画を撮って、それを見ながら、『もっとこういう風にしないと』と細かい修正を重ね続けている。だからこそ、僕に『この部分にこんな音が欲しい』という的確な提案が出来るんだと思います。そして、音楽をよく聞き込んでいるからこそ、小さな音だけど音楽性の肝になるような音をしっかりと捉えて、それを手先や振付で表現している。それがピタっと音にハマる理由なんでしょう」

 編曲を通して、オーダーメイドのスーツのように選手にピッタリと合う音楽に変える。それが「単なる曲つなぎ」ではない、矢野さんの編曲の真髄だ。

「そういう編集を、僕もずっと理想としてきていたのを、羽生君が実現させてくれたんです。アレンジメントや楽器選びは僕に任されますが、彼が望む方向性がしっかりとある。やはりコーチや振付師ではなく、選手本人のなかに具体的なイメージがあって直接会話ができると、とても作りやすいですし、その選手に合うものを作れると思います」

『天と地と』は、新たな伝説を刻む予感に満ちあふれている。

「もし羽生君が北京五輪で3連覇を目指すのであれば、やっぱり、全面的にバックアップしますし、それがもし成し遂げられたら、僕はもう思い残すことはない(笑)。彼のように、自分のプログラムの音楽を聞き込んで、何を表現したいか考え、それを成し遂げるために練習をするというアプローチがより広まって欲しい。これから続く子どもたちには、ただ与えられた曲、振り付けられた演技をするのではなく、自分自身が何を表現したいかを追求して欲しいという気持ちがあります。羽生君は後輩たちに向けても『選手本人が何を表現したいのかが一番重要』ということを、改めて感じさせてくれたと思っています」

Number1019号「銀盤の誓い」では、『レット・ミー・エンターテイン・ユー』『天と地と』の2つの羽生結弦の新プログラムを、本田武史さんによる技術解説、矢野桂一さんによる楽曲解説などで詳細に深堀り。全16Pのブックインブック「アーティストが語る羽生結弦歴代プログラムの美」も収録。ぜひご一読下さい。

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