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伊藤みどり、荒川静香…歴戦のプログラム編曲者が語る羽生結弦「なぜ羽生君の『SEIMEI』は音にピタリとハマるのか」
posted2021/01/22 17:03
text by
野口美惠Yoshie Noguchi
photograph by
Asami Enomoto
これまで30年以上にわたり、フィギュアスケートの大会での音響(PA)、そしてプログラム編集を手がけてきた矢野桂一さん。羽生結弦の代表的プログラムの一つである『SEIMEI』や、昨年末の全日本選手権で披露された『天と地と』などの編曲も担当した人である。
矢野さんのフィギュアスケートとの出会いは35年前。ヤマハに務めていた時代に、1985年のNHK杯で音響を担当したことだった。以来、主要大会で音響を担当し信頼を得ていった矢野さんのもとへ、88年に初めて、プログラムの楽曲の編集の依頼が訪れた。
伊藤みどり、荒川静香、高橋大輔……
「編曲を始めて手がけたのは、伊藤みどりさんの88-89年のショートプログラム『華麗なるタンゴ』でした。当時、ヤマハの生徒さんが作った曲を提供することになり、音響エンジニアとしてフルオーケストラのレコーディングを担当しました。その時に山田満知子先生が『ここでみどりがトリプルアクセルやるから、何かバーンっという音がほしいのよ』とおっしゃり、オーケストラのシンバル音を足したのを、よく覚えています」
次にプログラム編集でかかわったのは荒川静香だった。
「2003年に長野五輪5周年のエキシビションがあったのですが、『トゥーランドットの出だしの音が小さくて聞こえにくい』ということでした。冒頭がクラシックのすごく小さい音で、会場だと聞こえづらかったのです」
その後は、高橋大輔、村上佳菜子、宇野昌磨などトップ選手の曲編集を依頼されるようになった矢野さん。なかでも荒川同様に「曲の冒頭の音」にかかわる依頼は多かったという。
羽生君は「息のような、楽器音じゃないものがいい」
羽生結弦の『SEIMEI』の出だしの音が、羽生自身の息であることは、ファンの間ではよく知られた話だ。
「『SEIMEI』では、羽生君が『きっかけ音を欲しいけれど、息のような、楽器音じゃないものがいい』ということでした。『じゃあ、太鼓を叩く前にすぅーっと息を吸ってドンって叩く、みたいな感じかな』という話になり、最初は僕の息を録音して繋いだのです。そうしたら『1秒くらい長い方が良い』という話になり、『では結弦君のタイミングで始められるように、スマートフォンなどで録音したものを送ってくれたら』とお願いしたんです。3パターン送られてきて、『僕が選ぶなんて勇気いるなあ……』と思っていたら、すぐに羽生君から『やっぱり2番目にします』とメールがきて、ホッとしました(笑)」
ここでは、息の音をそのまま繋ぐのではなく、工夫もした。
「息の音があまり小さい音だと、海外の試合で単なるノイズだと思って切られてしまうかも知れません。それで、音楽の一部だと分かるようにリバーブ(残響)をかけて、もとの曲との一体化を意識しました」
冒頭音については、過去の経験が生かされているという。