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伊藤みどり、荒川静香…歴戦のプログラム編曲者が語る羽生結弦「なぜ羽生君の『SEIMEI』は音にピタリとハマるのか」 

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野口美惠

野口美惠Yoshie Noguchi

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photograph byAsami Enomoto

posted2021/01/22 17:03

伊藤みどり、荒川静香…歴戦のプログラム編曲者が語る羽生結弦「なぜ羽生君の『SEIMEI』は音にピタリとハマるのか」<Number Web> photograph by Asami Enomoto

昨年の四大陸選手権で2季ぶりに『SEIMEI』を演じた羽生。新ルールに合わせた30秒縮めた編曲も矢野さんが担当した

「昔はこの冒頭の音に『ピッ』という機械音を入れる選手がいたんです。カタリナ・ビットのフラメンコにも『ピッ』という音がありました。1987年NHK杯の時に音響だった僕たちは、それがただの消し残しのノイズだと思って6mmテープを切って捨てて、頭から音楽が鳴るようにしたんです。それで公式練習をしたら、ビットのコーチが来て『きっかけの音はどうした!? あれがないと滑り出しができない!』と。『え、あれいるの!?』って、ゴミ箱からテープを拾ってくっつけ直しました(笑)。いい教訓でした。そういうこともあり『SEIMEI』の冒頭も、ノイズとは思われない工夫が必要だったんです」

村上佳菜子は「シャキーンという音が欲しい」

 ほかにも、音楽性やストーリー性を高めるための効果音を足す、というのは、フィギュアスケートの編曲ならではだ。

「村上佳菜子さんの09-10年ショートのフラメンコでは、山田満知子先生と樋口美穂子先生から『ここに手拍子、足を踏み鳴らす音、パーカッションが欲しい』と細かく希望がありました。そうした音源は持っていなかったので、名古屋の村上さんがフラメンコを習っている教室に行って、プログラム曲を流しながら先生方に踊っていただき、実際の音を収録しました」

 村上については、その翌年の編曲でも、同様に効果音を足した。

「同じ様に10-11年フリー『マスク・オブ・ゾロ』のときも、『剣を振るうところにシャキーンという音が欲しい』ということで、そのタイミングを確認するために名古屋のリンクまで行って村上さんに滑ってもらい、別の音源から持ってきた剣の音を重ねました」

矢野さんに訪れた『SEIMEI』との出会い

 “フラメンコ系での手拍子”“格闘系での剣の音”などを重ねるアイディアは矢野さんの編集の効果もありスケート界で浸透しつつある。しかし矢野さんには、編曲をやればやるほど、1つの『夢』が浮き彫りになっていった。

「長年、選手たちの曲を聴いてきていて、ある持論があったんです。音楽に合わせて普段から練習していけば、試合になっても、いつものタイミングでうまくジャンプ出来るんじゃないか、と。しかし選手やコーチの話を聞くと『もし一歩間違えたり転んだりしたら、そのあと無理に音楽に合わせようとするとジャンプが崩れる』ということで、それも確かにそうだな……と。ただどこかで、音楽を突き詰めて、ストーリーを作って、それをプログラムとして実現させるというアプローチで作品を作ることが出来たらな、とは思っていたんです」

 いかに編曲を凝らしても、その音楽性が生かされるかは、それを演じる選手自身の音との調和次第。そんな理想を心のなかで描くなかで、矢野さんに訪れた出会いが、羽生結弦、そして『SEIMEI』というプログラムだった。

【次ページ】 他の選手なら、2、3バージョン作って終わりだが……

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