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「普段の研究は息苦しい。でも対局の現場では…」渡辺明名人が脳研究者に明かしたAIとの距離感とは
posted2021/01/13 18:00
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph by
Kei Taniguchi
1月10日、11日に行われた王将戦第1局でも挑戦者の永瀬拓矢王座を破るなど、36歳でも衰えとは無縁の強さを見せる名人・渡辺明。「脳の研究者に会いたい」と語っていた名人が昨年末に訪れたのは、東大教授で日本の脳研究の第一人者である池谷裕二の研究室。
Number将棋特集第2弾で実現した、脳を使うスペシャリストと脳を考えるエキスパートの2人による対談は、脳の老化から、棋士の研究法の変化、対局前や対局中における有効な脳の使い方まで、徹底的に論じられた。その白熱の内容は是非、将棋特集に掲載されている本編でお楽しみいただくとして、誌面に掲載しきれなかったのが、将棋とAIについて。
渡辺といえば、AIによる研究の深さでも知られる棋士。AIの性能が上がり続ける中、将棋の未来をどのように感じているのだろうか。
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池谷 AIによって若い棋士の将棋は進化していると思いますが、将棋というゲーム自体も進化していると感じますか? 格闘ゲームなどのテレビゲームでよくある話なのですが、AIの台頭で人間が個性を発揮する場が少なくなっているのでは? という危惧もあるんです。
渡辺 今はみんなAIを使って研究しています。同じAIを使っているし、どうしても個性を発揮しにくくなっている実感はあります。
池谷 テレビゲームの例で言えば、最初は色々と試行錯誤して正しいものを発見すると勢力図が一変する。その発見のプロセスが個性の発揮の場でもあり面白い。ただ発見が成熟すると、何が良いかがだいたい定まるので、みんながその同じ手を使うようになる。すると、今度はそれを少しひっくり返す裏技、ギミックみたいなものが出てきて、それだけで結果が出せてしまう。そうした局面になると、なんとなくパターン化された単調な作業をこなすだけのゲームになってしまい、ゲーム自体の面白みが消えてしまう。そうして、ゲームとしての寿命を迎えるのです。将棋ははるかに複雑ですので、実際に将棋がそういう時期を迎えるかはわかりませんが。
渡辺 最初の20手ぐらいの序盤の型が同じにはなってきています。同じAIを使って研究しているから、だいたいの手が淘汰されてくる。AI以前だと「解」がないので、どの手もありだったんで、「それも一局、これも一局」という言い方をしていました。でも、今はそんな緩くは済まされなくなって、AIがダメだと判断したものを排除して生き残った指し方を棋士は実戦で指しています。個性の入り込む余地は小さくなっています。
AIがなぜその手をいいというのかも分からない
池谷 私たちのAI研究の分野にいると毎年のように強いAIが更新されていますから、印象としては、おそらくAIはまだ完璧ではないですよね?
渡辺 僕ら人間からするとほとんど完璧です。棋力が並んでいた時期をとっくに過ぎてしまったので、もうAIがどうしてその手をいいというのかも分からなくなっていて。
池谷 ええ! 将棋でもそうなんですか。囲碁ではそれが顕著ですよね。AI同士の対局を見ていると、宇宙人同士が打ちあっている、意味不明でクラクラするような手の出し合いで「人類は囲碁についてまだ何も理解してないぞ」という衝撃的な事実を突きつけられた気がします。
渡辺 将棋の場合、AIが示すものも大概は昔あった指し方なんです。
池谷 そうなのですか。それもまた面白いですね。
渡辺 昔の人が「それはイマイチ」と置いておいた、その時代に評価されなかった手ですね。将棋の場合は人間が作ってきたセオリーまでは崩されてはいません。
「直感型将棋」から「ひらめき型将棋」へ
池谷 AIの登場によって重要な局面が序盤に移るなどの変化は起きましたか?