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「普段の研究は息苦しい。でも対局の現場では…」渡辺明名人が脳研究者に明かしたAIとの距離感とは
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byKei Taniguchi
posted2021/01/13 18:00
Number将棋特集第2弾で対談を行った池谷裕二東大教授と渡辺明名人
渡辺 序盤の研究量、事前の準備のノルマは増えました。ただし、トップ棋士はみんなそのノルマはこなしてくるので、結局勝負が決まるのは中盤、終盤です。序盤でちょっと差がついても、中盤、終盤で逆転が狙えるゲーム性が将棋にはありますね。
池谷 面白いですね。宿題が増えるというか、AIによってやらなきゃいけないことが増えてしまった(笑)。
渡辺 確かに。大変です(笑)。
池谷 色々とお話を伺っていると、AIによって「直感型将棋」から「ひらめき型将棋」に変わってきたのかなと思いますね。
脳の世界において「ひらめき」と「直感」は違うんです。これは重要なポイントです。「ひらめき」は理詰めに近くて、勉強することで生まれてくるもの。なぜそれがいいか理屈をもって説明できるような思いつきをひらめきと言います。「直感」というのはなかなかすごいもので、これがいいと思うけど、“なんとなく”なんです。後付けで理屈をこしらえることはできても、もう屁理屈に近い。ひらめきは大脳新皮質、直感は大脳基底核という異なる脳部位から生まれますので、性質が違うのです。
おそらくAI以前は直感で指していたんじゃないでしょうか。ちょっと芸術に近い。それが今は「これはいい。なぜならこうだからだ」と説明できてしまうことの方が多くなってきている。ひらめき型。論理的とでも言いますか。
現代の将棋と“羽生世代”の将棋では、アプローチが全然違う
渡辺 僕らは「筋」という言葉を使うんですが、「こういう場面ではこの手が筋なんだ」という手を指すことが多かったんです。先人から技術として受け継がれて、これが絶対に正しいという棋士の筋をみんなが共通認識として持っていた。「この時はこの筋だよね」となっていたものが、今は20手目ぐらいからAIが解析してAIが一番高く評価したものが“いい手”。筋という概念は薄れてきました。
池谷 ストーリー性は排除されてしまった。
渡辺 そうですね。人間の筋としてはこっちなんだけど、それは20手後に悪くなりますとAIが言うので。
池谷 昔ならその場の直感に長けている人が強かった。今は先を見通せる人ほど強い。先読みの射程距離が伸びている。
渡辺 おっしゃる通りです。だから現代の将棋といわゆる羽生世代の将棋では、アプローチが全然違ってきているんでしょうね。
14年前のAIは「奨励会1級とか初段ぐらいだった」
池谷 渡辺さんのすごいところは、転換期を迎えた時に「じゃあAIに学んでみるのも面白いかもしれない」と思ったことですね。柔軟な適応力で発想の着火点をスムーズに転換されています。渡辺さんはかなり早い時期からAIと対戦されていましたよね?
渡辺 あれは2007年ぐらいでしたが、まだAIが全然強くない時期でした(2005年に角落ちで「激指」と、2007年に平手で「Bonanza」と対局していずれも勝利)。