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DeNA戦力外から社会人の頂点へ。
須田幸太が「自分の球」を諦めたとき。
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph byKyodo News
posted2020/01/01 11:30
JFE東日本が都市対抗野球で初の優勝を飾った瞬間――その歓喜の輪の中心に、あの須田幸太の姿があった。
須田の芯に残っていたプロのしこり。
須田は7回からマウンドに立った。やはり4イニング目の延長10回表、先頭打者に勝ち越しのソロを浴びた。
その瞬間が、須田個人のターニングポイントとなる。
「普通なら、完全に糸が切れるところ。でも、ここまですごい試合をしてきたし、『1点差ならなんとかなる』『打ち損じ待ちでも何でもいい。汚くてもいいから3アウトを取ってベンチに帰ろう』と思えました」
社会人野球の選手として「個人よりチーム」の意識に身を染めつつも、須田の芯には依然としてプロのしこりが残っていた。
ベイスターズが初めてCS進出を果たした2016年、自身でも驚くほどに質のいいストレートを投げ込めていた2016年の残影を追いかけていた。
横浜スタジアムのブルペンにでも立ったかのような表情をして、須田は言う。
「自分で投げてても、マジで糸を引くんです。もう球筋が見えてるというか、完璧なタイミングで投げてるな、という意識もあった。あの2016年の自分の球を取り戻したい思いは、ずっと頭の中心ぐらいにありました」
だが、戦力外になったころと比べ「格段によくなっている」とはいえ、球の軌跡に糸を見た感覚までは戻らない。
まして2日前のパナソニック戦で3イニングを投げたばかりだ。東芝戦での登板も4イニング目となれば「自分の球なんて絶対投げられない状態だった」。
そして直球を右翼席まで運ばれたとき、須田にまとわり続けてきた執着も同時に吹き飛んだのだ。
「ぼくは、完璧を求めないと(プロの打者を)抑えられなかった。プロにいたころのように完璧を目指してきたけど、あそこで打たれてから『自分の球を投げたい』って意識が急になくなりました。完璧である必要なんてない。カッコつけた言い方になりますけど、自分のエゴでチームを犠牲にするんだったら、そんなエゴは要らない」
社会人野球の投手としての須田幸太が、このとき再び生まれたのだ。
チームのために何が何でもアウトを重ねる。
本塁打による1失点のみに抑えてベンチに帰ってきた須田に、打線が応えた。10回裏、2アウトながら満塁のチャンスをつくると、峯本匠のヒットの間に2者が生還。今大会3度目のサヨナラ勝ちで決勝進出を決めた。
翌日の決勝戦でも、須田は投げた。トヨタ自動車が2点差に迫り、なお二三塁に走者を置いた7回2アウト。一打同点のピンチに背番号20は現れ、ベイスターズ時代を彷彿とさせる火消しを見せた。8回そして9回のマウンドにも須田は向かった。
連戦の疲労でひじは張り、プロで150kmに達したストレートは140kmを超えるのがやっとだった。だが、そこに須田は何の意味も見出さない。「完璧を求めないと抑えられなかった」過去は捨てた。
ただチームのために何が何でもアウトを重ねる――その気持ちが乗り移った右腕が、最後の一球、外角へのストレートをこの日最速の145kmで走らせる。
構えられたミットへ、まっしぐらに。
通り過ぎたあとに球筋の糸を探さなかった。視界に捉えたのは、喜ぶ仲間たちの姿だけだ。