バレーボールPRESSBACK NUMBER

諦めかけた清水邦広を支えた名医。
バレー界に信頼される「荒木先生」。 

text by

米虫紀子

米虫紀子Noriko Yonemushi

PROFILE

photograph byAFLO

posted2019/11/27 11:30

諦めかけた清水邦広を支えた名医。バレー界に信頼される「荒木先生」。<Number Web> photograph by AFLO

右膝の怪我を克服した清水邦広。右膝の手術を執刀した荒木大輔医師は、多くのバレーボール選手を復帰へと導いてきた。

アスリートでも、お年寄りでも。

 荒木は他の医師と意見を出し合ってベストな治療法を探り、手術を行った。

 ただ、清水が特別だったわけではない。神戸大学医学部の整形外科はスポーツ整形に力を入れているが、スポーツ選手であろうと、普通の患者であろうと、治療方法や対応は変わらない。

「アスリートも、おじいちゃんおばあちゃんも、誰に対しても、誰が見ても、最高の治療を受けられたなという満足感を得られるようにしてあげたい」

 これが荒木のモットーだ。そのために学会に行ったり、研究をして発表するなど、常に最善の治療を提供できるよう学び続けている。

「今いろんな選手が、怪我をした時に助けを求めてきてくれるんですが、その時に、『自分はこれはできるけどこれはできないので、とりあえずこの方法にしておこうか』というような言い訳はしたくないんです」

荒木自身も怪我を経験した。

 荒木が医師を目指そうと考えたのは高校生の時。バスケットボールで膝の怪我をした時に診察してくれた先生が、親身になって治療をしてくれたことに心を動かされた。「こういう仕事も面白そうだな」と、秋田大学の医学部を受験。大学卒業後は、スポーツ整形の分野で有名な神戸大学医学部の整形外科に迷わず入局した。

 整形外科医は一人前になるのに7、8年かかると言われている。スポーツ整形をやりたいのならそれからやりなさいと言われる病院が多いが、神戸大医学部はそうではなかった。ヴィッセル神戸、オリックスの他、ラグビーやアメリカンフットボールなどのチームドクターを務めていた先輩が、荒木を現場に連れて行ってくれて、処置を近くで見たり、サポート役を務めて学んだ。

 その後、荒木自身も、大学でバレーボールをしていたこともあり、久光製薬のチームドクターを務め、今では日本代表やパナソニックなどのチームドクターも務めている。

 そうした経験もあり、選手と信頼関係を築くことに長けている。

【次ページ】 選手のしんどい思いも共有する。

BACK 1 2 3 4 5 NEXT
清水邦広
長岡望悠
浅野博亮
東京五輪
オリンピック・パラリンピック

バレーボールの前後の記事

ページトップ