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桐生祥秀の9秒98が生まれた軌跡。
土江コーチが語る反発、信頼、進化。
posted2017/09/12 12:50
text by
折山淑美Toshimi Oriyama
photograph by
Kyodo News
9月9日の日本インカレ男子100mで桐生祥秀が出した9秒98。彼を指導する東洋大の土江裕寛コーチは翌日の10日、レースをこう振り返った。
「今年の春先の感じでは、100mを走るということでとにかくスタートを意識した走りになっていた。昨日の本人は『しっかりスターティングブロックを蹴る』という意識でスタートしたというが、全体としてはすごくゆったり見える走りで、春先とはまったく違うパターンでした。決勝は最後まで走りきって、いつもより1歩少ない47歩になったが、ゆったり動けたことで2~3cm広いストライドで走れたのかなと思う。
今回は不安があったというか……完璧な準備をしてきた形ではなかったことも逆にプラスに働いた。スタートのところも“ガツンと行かない”トレーニングしかできなかったので。そこにあまりこだわらなかったということと、記録というものを意識したレースではなかったことが、9秒98につながったのかなと思います」
世界選手権後は左ハムストリングに不安が出て、スピード系の練習はあまりできなかった。その間にできたのは、スピードが出ない250mや300mの練習ばかり。5日連続で250mの練習だけをやったこともあったという。今回のレース用にスパイクを履いたのも、大会前日になってからだった。
「行きます!」ではなく「行こうかな」。
そんな中、土江と短距離部門の梶原道明監督は、最後のインカレの出場種目選択も含めて、すべてを桐生本人の判断に委ねることにした。
当初、桐生は200mを意識していたという。大学に入ってからは、100mでも200mでも高校時代の自己ベストを更新できていなかったから、最後の大会では、せめて1種目でも自己ベストを出したいと考えていたのだ。
その頃の練習内容を考えれば、200mの20秒41をターゲットにした方が、記録更新の可能性は高いと思っていた。しかし初日の100m予選と準決勝を、10秒18と10秒14という好タイムで走れたことによって、100mで勝負するか200mにするかという迷いは残ったままとなった。
「2日目の昼の200mの予選を走った後でも(桐生と)一緒に迷っていました。『どうする?』『どうすればいいんですかね』というような無言の状態が30分くらい続きました。それで『行くか?』ということで……気合いが入った『行きます!』というような感じではなく、『行こうかな』みたいな感じで決めて。決断をすればガーッとスイッチが入る奴だから、そこから決勝へ向けて桐生らしい戦闘モードを作っていけたのだと思います」