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城、松井、遠藤らが巣立った鹿実。
愛弟子が継承する「松澤イズム」。 

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安藤隆人

安藤隆人Takahito Ando

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posted2017/09/03 09:00

城、松井、遠藤らが巣立った鹿実。愛弟子が継承する「松澤イズム」。<Number Web> photograph by Takahito Ando

桜島が見えるトレーニング場で指導に励む森下監督。松澤氏が築き上げた名門・鹿実の土台は確かに引き継がれている。

劇的なゴールでの勝利後にかけられた、最後の言葉。

 愛弟子を後押しするべく、松澤は鹿実の下部組織にあたる「FC KAJITSU U-15」を立ち上げ、第一期生となるメンバー13人が集まった。今年のインターハイ予選では準決勝で鹿児島城西を下し、決勝では神村学園にPK戦の末に敗れたものの、10年ぶりとなる選手権出場に向けて、視界が開けた。

「まさにこれから、という時でした」と森下が語る通り、教え子の奮闘を支えた松澤は突然この世を去った。森下が最後に言葉を交わしたのは、鹿児島城西戦後だった。この試合、延長後半アディショナルタイムに決勝ゴールを挙げて、勝利をたぐり寄せた。

「試合が終わってからも、先生はずっとスタンドに残っていて、クールダウンが終わってから走っていったんです。そうしたら『森下、お前にチームを預けてから、一番良いチームになっているな。今日の戦いこそ、鹿実の“疾風怒濤のサッカー”だ! これだよ、これなんだ!』と言ってくれた。これまで一切褒められたことがなかったのに、いきなり褒められて。嬉しかったけど、それが最後の言葉になるなんて。こんなことってあるのかな……」

「必ず選手権に出て、松澤先生と一緒に戦いたい」

 人生の師からの最後の言葉。森下の心の中に何度響き渡っただろう。森下は松澤の通夜、葬儀の席で、受付に立ち、長蛇の列をなした参列者を見て、改めて松澤の存在の大きさを感じたという。

「通夜も葬儀も朝早くから遅くまでずっと会場にいて、県内外から来てくれた方の顔の1人ひとりを見ました。自分では無意識にやっているつもりだったのですが、そこで先生が教えてくれた“目配り、気配り、心配り”の精神が自分に植えつけられているんだなと感じる瞬間でもありました。松澤先生の言葉が染み付いているんだなと。こういうときに凄く感じましたね」

 師の言葉を引き継いだ森下は、選手権予選へ向けてチームの先頭に立ち、選手達に厳しい言葉を投げかけている。

「名門・鹿実をゼロから作り上げて、これだけ指導者として育ててもらって、我が子のように愛情を持って接してくれた。一番の心残りは先生を選手権に連れて行けなかったこと。今年で就任6年目、選手権を連れて行って観戦してもらうことが夢だった。これは一生後悔すると思う。でも、今年こそは必ず選手権に出て、松澤先生と一緒に戦いたい。これは松澤先生の遺志を引き継ぐものとしての義務だと思っています」

 一子相伝。鹿実の“疾風怒濤”のサッカーは、雄大な桜島の下で、その牙を磨いている。

 名門復活の日を天と地から待ちわびて。

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