“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
5-0は大差か、勝負のアヤか。
青森山田だけが持っていたもの。
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byTadakatsu Matsuzaka
posted2017/01/10 12:20
22度目の出場にして初めて戴冠を果たした青森山田。高円宮杯U-18チャンピオンシップとの2冠は史上初。選手権歴代優勝校の中で最北端の高校となった。
夏から秋にかけて急激に成長していた前橋育英。
3年生のキャプテン大塚諒と部長の長澤昴輝がリーダーシップを発揮し始め、選手達で自主的にミーティングを重ねるようになった。
8月中旬に石川県で開催された「和倉ユースサッカー大会」では、チーム一丸となって戦い優勝。失っていた自信を、完全に取り戻した。
その勢いのままに、県予選を制し、プリンスリーグ関東でも終盤こそ敗戦が多かったが、良い形の試合をするようになった。さらにこの過程の中で、FW人見大地とGK月田啓が急成長。夏から秋にかけて驚くほどの成長曲線を見せ、チームの太い柱になっていった。
今では、人見の正確なポストプレー無くして、前橋育英の2列目のチャレンジ、高い連動性は見出せないほどの中心選手にまで育った。月田もハイボール処理が安定し、守備範囲が広がったことで、2年生主体のDFラインも後ろを信頼してラインコントロールが出来るようになったのだ。
本当は点差ほど実力差は無かった、決勝戦。
「彼らは絶対に強くなる」
名将・山田監督の予言は見事に的中した。
その先見の明と、選手達の努力により、2回戦でインターハイ王者・市立船橋に一歩も引かず、0-0からのPK勝利。それ以降もきっちりと完封勝利を飾り続け、“必然”のファイナリストとなったのだ。
だが、この必然のファイナリスト同士の一戦。明暗を分けた「勝負のアヤ」は、「経験」のことだった。
「今日の試合に関しては、『あの時のプレミアのように』というのがテーマでした。チャンピオンシップの広島ユース戦や、プレミアイースト最終戦のFC東京U-18戦と、タイトルが懸かった決戦で失点をしなかった。そして、勝ち切った。その成功体験をこの決勝で信じて出すことを話した」(青森山田・黒田剛監督)