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柔道・福見友子、引退1年後の決意。
「自分を表現できる選手を育てたい」 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byShino Seki

posted2014/07/06 10:30

柔道・福見友子、引退1年後の決意。「自分を表現できる選手を育てたい」<Number Web> photograph by Shino Seki

引退から1年、今ではすっかり花の似合う女子に変貌した福見友子。しかし一回り小さくなった身体の中に宿る志は全く小さくなっていない。

引退か現役続行か、試合を見て結論は出た。

 ロンドン五輪の翌年となる'13年4月、引退を発表した。

「試合自体の結果に対しては悔しい思いはあります。今でも悔しい。でも、そこまでやってきたことに対して嘘はないし後悔はない。自分の納得がいくようにできたし、次の目標に向かって切り替えるときだと思いました。ただ、まわりの皆さんや応援してくれる人たちのことや、このまま終わっていいのかという葛藤もあって」

 自分の気持ちを確認する時間が必要だった。

 そのために、大会へと足を運んだ。

「試合を観てどう感じるのか、心がうずくようなものがあるのかどうか知りたかったんですね。でも、観ても応援したいという気持ちになるし、自分が出てどうこうという思いはなかったですね」

ロシアで教えられた、選手と指導者の関係性。

 引退を決意すると同時に、思ったことがあった。

「指導者としてスタートしたい」

 福見は言う。

「もともと、『引退したら指導の道へ』という思いはありました。その気持ちを固めるための時間でもありましたね。自分の経験してきたものを伝えていきたい、とも思いました」

 引退発表のひと月前からは、ロシアから依頼を受けて同国ナショナルチームの指導を始めていた。引退発表後もロシアに渡り指導を重ねるなかで、ある刺激があった。

「指導で行ったはずなのに、逆に勉強になることが多かった。向こうの選手は表現するのが上手だし、選手とコーチがほぼ対等なんですね。

 選手に一度、言われたことがあるんです。『なんであなたは私たちにどんどん教えてこないんだ、それがあなたの仕事でしょう』って。そのとき、ありがとう、と思いました。気づかされることがあったからです」

【次ページ】 「自分の考えを上の人に言うのは難しかった」

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