甲子園の風BACK NUMBER
「神がかっている」甲子園に旋風を起こした大社“雨中の名物練習”昭和デーとは…492球を投げたエース馬庭優太の呟き「不思議な時間だった」
text by
山口裕起(朝日新聞)Yuki Yamaguchi
photograph byHideki Sugiyama
posted2024/08/20 19:00
甲子園に旋風を巻き起こした大社高校ナイン。準々決勝で神村学園に敗れ、甲子園の土を持ち帰る
チームには「昭和デー」と呼ばれる雨中の名物練習がある。今年4月29日の「昭和の日」。下級生中心の練習中に雨が降ってきたが、泥まみれになって続けた。それを見た3年生たちも「自分たちもやってみたい」。その後は毎月のように、練習中に雨が降ると「今日は昭和デーだ」。雨の中、1時間ほどグラウンドでノックをするようになった。石飛文太監督も一緒に泥まみれになる。遊撃手の藤江は言う。「あれを乗り越えた自分たちなら大丈夫と思えるんです。自分たち野手が、馬庭をもり立てるんだという思いでやってきました」
その精神力は、大舞台でも生きた。
早実戦の11回の攻撃直前。無死一、二塁から始まるタイブレークで、石飛監督は選手を集めて言った。「バントを決められる自信がある者はいるか?」
背番号12の安松大希が手を挙げる。
「はい、三塁側に決めてきます」
エース馬庭の492球と初の全国ベスト8
この夏、島根大会も通じて初出場の2年生は、落ち着いていた。三塁線ギリギリに転がし、バント安打を決めた。直後、無死満塁から馬庭がサヨナラ打を放って試合は決した。
安松は打撃が苦手だ。ただ、バントは「誰よりもうまくできる自信があった」。中学まで右打ちで、高校から両打ちに挑戦した。左打ちの感覚に慣れるため、ひたすらバント練習を繰り返した。フリー打撃で周りが快音を連ねる中でも、こつん、こつんと。「三塁側の方がボールを長く見られるから、やりやすいんです」
前夜、ミーティングでのトレーナーが説いた試合中の心構えも頭に残っていた。
「蚊に刺されるということは、古い血を吸ってくれて体内がきれいになるということ。逆にありがたいと思えるように」。何事もポジティブにとらえようという例えだった。この試合、仲間のミスで失点していた。安松は試合に出ていなくても、プラスに考えていた。
馬庭は4試合で492球を投げた。そんなエースを仲間が支え、試合を重ねる度に、成長していった。甲子園での夏1勝を63年ぶりに挙げたチームは、107年ぶりの2勝目、そして、初の3勝で全国の8強まで駆け上がった。
濃厚な9日間だった。馬庭はぽつりと言った。「不思議な時間だった」。歴史を動かした仲間たちと抱き合うと、また涙があふれてきた。