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“アジアカップ事件簿”超アウェイ中国で大ブーイングに晒され…「PK戦でゴール変更」「絶体絶命からの大逆転」なぜ日本代表は優勝できたのか?

posted2024/01/22 17:03

 
“アジアカップ事件簿”超アウェイ中国で大ブーイングに晒され…「PK戦でゴール変更」「絶体絶命からの大逆転」なぜ日本代表は優勝できたのか?<Number Web> photograph by Reuters/AFLO

2004年のアジアカップ、ヨルダンとの準々決勝で魂のPKストップを見せた川口能活。キャプテン宮本恒靖の“交渉力”も注目を集めた

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戸塚啓

戸塚啓Kei Totsuka

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20年前、サッカー日本代表が大ブーイングに晒された“超アウェイ”でのアジアカップがあった。対日感情が悪化していた中国での激闘は、PK戦での「まさかのゴール変更」や疑惑の判定、絶体絶命の窮地からの大逆転など波乱の連続となり……。サッカー日本代表を長く取材する筆者が、2004年中国大会での“事件”の数々を紐解いていく。(全3回の2回目/#1#3も読む)※文中敬称略

対日感情の悪化で中国大会は“超アウェイ空間”に

 アジアカップは特別な大会だ。4年に1度、大陸王者を決めるという意味での“特別感”ではない。アジアならではとでも言えばいいのだろうか、特異な出来事が起こるのである。

 中国で開催された2004年大会では、日本は強制的に“悪役”を務めさせられた。日中の政治的な対立に過去の歴史が折り重なり、指揮官ジーコと選手たちは激しい憎悪の対象となる。試合前のメンバー紹介がブーイングにかき消され、国歌斉唱にはほんのわずかな拍手さえない。『君が代』が流れても、立ち上がらない観衆さえいた。

 欧州や南米とは違う種類の超アウェイの空間で、日本はグループステージ初戦でオマーンを1対0で退け、タイを4対1で下した。引き分け以上でグループ首位を確保できるイラン戦は、望みどおりスコアレスで締めた。

 16カ国参加の大会は、準々決勝に突入する。グループステージと同じ重慶で戦う日本は、ヨルダンと激突した。

 前半11分に先制ヘッドを許すが、直後の14分に鈴木隆行のゴールで追いつく。そこからスコアは動かない。肌にまとわりつくような湿気が、選手たちのプレーから鋭さを奪っていった。延長戦を経ても1対1のままで、決着はPK戦に委ねられた。

宮本恒靖がPK戦で主審に直訴「ゴールを変えよう」

 日本は先攻となり、中村俊輔がひとり目のキッカーに指名される。キッカーとしての信頼も厚いレフティーだが、軸足を滑らせて枠を外してしまう。ヨルダンのひとり目が決め、三都主アレサンドロがPKスポットへ向かう。彼もまた信頼度の高いキッカーだが、中村と同じように軸足が定まらなかった。シュートは大きく枠を逸れた。

 センターライン付近の青い列から、背番号5が離れる。キャプテンの宮本恒靖が、マレーシア人主審のもとへ駆け寄った。

【次ページ】 絶体絶命の状況で…川口能活が見せた“魂のセーブ”

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