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「阪神の監督は3年できん…寝れんのです」あの星野仙一が吐いた弱音…野村克也から岡田彰布まで「まるで大河ドラマ」38年ぶり日本一の“伏線”
posted2023/11/28 11:03
text by
岡野誠Makoto Okano
photograph by
Nanae Suzuki
“ダメ虎”――もはや、そう呼ぶ人はいない。今年、38年ぶり2度目の日本一を達成した阪神タイガースには野村克也、星野仙一の構築した“伝統”が復活していた。岡田彰布監督を幼少期から知り、スコアラーとして25年阪神に携わって変革の時代を目撃してきた三宅博(82歳)がNumber Webに語り尽くす。(全4回の4回目/#1、#2、#3へ)※敬称略。名前や肩書きなどは当時。年俸は推定
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矢野輝弘や赤星憲広など故障者の続出で4位に終わった2002年オフ、星野仙一監督は戦力補強に邁進し、伊良部秀輝やジェフ・ウィリアムスなどを呼び寄せた。中でも、広島からFAで獲得した金本知憲はタイガースを大きく変えた。
金本が見た「阪神に欠けた犠牲心」
〈カープでは全力疾走はあたりまえ。全員が積極的に次の塁を狙う。たとえクリーンナップであろうと、自分を犠牲にすることが要求される。だから私は、そうするのが当然だと思ってきた〉(※1)
広島には根本陸夫や古葉竹識が築いた猛練習やチームプレーの徹底という伝統が根付いていた。自分がゴロアウトになっても絶対に一塁に残るという姿勢で、1002打席連続無併殺打記録を作っていた金本にとって、阪神のプレースタイルは異常に映っていた。
〈みんなが個人記録ばかりを意識していて、別々の方向を向いていたように見えた。タイガースには自分が犠牲になろうとする選手がいなかった。(中略)なにより、進塁打を打てる選手がほとんどいなかった〉(※2)