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合宿中に強盗被害、16-17xサヨナラボーク…甲子園出場、おかやま山陽監督はジンバブエ代表監督として東京五輪を目指していた! 知られざる“アフリカ予選”激闘録
text by
堤尚彦Naohiko Tsutsumi
photograph byTokyo News Service,Ltd.
posted2023/08/17 06:03
この夏2勝を挙げたおかやま山陽の堤尚彦監督。実は4年前は東京五輪を目指し、ジンバブエの指揮官としてアフリカ予選を戦っていた
今回、代表監督を任せてもらった私だが、この試合が最後の采配となった。この時点で予選敗退が決まっており、3位決定戦が、このチームで戦うラストゲームだった。
泣いても笑っても最後の試合。私はピカにマウンドを託した。「オレがジンバブエの監督として臨む最後の試合だ。君からのプレゼント(勝利)が欲しい」と告げて。
スラム街の出身で、野球に懸けている男
だが、ピカは懸念されていた制球難を露呈し、無念の途中降板。選手層が厚くないジンバブエを救ったのは、外野手のナタニエル・タシンガ・クツァンザだった。タシンガは、18年夏にモーリスが日本へ練習に連れてきた選手。スラム街の出身で、野球に懸けている男だった。タシンガが慣れないマウンドで気迫の投球を見せ、流れを引き戻す。劣勢から延長に持ち込み、最後は延長11回タイブレークで、相手投手のボークが飛び出し、17対16でサヨナラ勝ちした。初めての甲子園がかかった17年夏の岡山大会決勝で、創志学園のエースのボークを見逃し、ネットの匿名掲示板に「ヘボ監督」「これで甲子園逃したら消えろ」と書かれた私が、今度はボークで勝つのだから、野球は不思議なスポーツである。
戦いの中で見た選手たちの真剣な表情
ジンバブエの最終成績は、2勝3敗で4チーム中3位。本選出場はならなかった。だが、戦いの中での選手たちの真剣な表情を見ると、彼らはきっと後身に野球の醍醐味を伝えてくれる、もっともっとジンバブエの野球は盛んになると確信できた。私の挑戦を日本のテレビのスポーツ番組が密着してくれ、微力ではあるが、日本国内にもジンバブエの野球、そして世界の野球界の現状を発信することができた。悔いがないと言えばうそになるが、やりきった自負はある。
自分のように日本野球界で選手としての実績がない中で、ガーナ、インドネシア、ジンバブエと、3カ国の代表チームに携わり、五輪予選を戦った人間は過去にいなかったのでは、とも思っている。次にどこかの国から声をかけられれば、喜んで飛んでいくつもりだ。
<「野球界への警鐘」編からあわせてお読みください>
記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。