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金足農ナインの表情が…近江の監督&選手が感じた“不気味さ”「現代野球で考えられます?」「なんでそんなに余裕なんかなって」
posted2022/08/18 17:01
text by
中村計Kei Nakamura
photograph by
BUNGEISHUNJU
あの夏、公立の農業高校がファンを釘付けにした。大エースの存在、3年生9人だけで戦い抜く異質さ、そしてドラマチックな勝ち上がり方に聖地が沸いた。彼らの一番の魅力は、野球を誰よりも楽しむ姿勢だった。Sports Graphic Number1002号(2020年5月7日発売)の記事『金足農業「“遊び”が生んだ一等星の輝き」』を特別に無料公開します。(全2回の後編/前編へ)
吉田が低めのストレートで瀬川を空振り三振に仕留める。歓声と拍手が耳をつんざき、球場が興奮状態に包まれた。
近江の監督、多賀章仁は、その異様なまでの熱狂に恐怖感を覚えていた。
「あんな雰囲気の甲子園は初めてでしたね。異様でしたもん。攻撃してても、ここで追加点取ったら、お客さん、怒っちゃうんじゃないかなとか。そこまで考えましたよ」
じつは、近江は8回表も0アウト一、二塁のチャンスをつかんだのだが、無得点に終わっている。展開的には8回も9回もまずは送りバントで走者を進めるのがセオリーだが「バントしても失敗しそうだった」(多賀)と強攻し、いずれも裏目に出た。その采配は、まるで点を取ることを拒否しているようにも映った。
「9人だけで戦ってきたなんて、考えられます?」
多賀は、金足農業との対戦が決まったときから妙な不安にとりつかれていた。
「不気味でしたよ。だって、県大会からずっと3年生9人だけで戦ってきたなんて、現代野球で考えられます? どんなチームなんだろうと思いましたね……」
金足農業という、ある意味、異形のチームは、百戦錬磨の多賀の中でさえも、どこのどんなチームにも当てはまらなかった。
ピンチを切り抜けた金足農業は9回裏、0アウト満塁の大チャンスをつくる。球場のボルテージが最高潮に達する中、「9番・ショート」の斎藤璃玖は笑いを堪えるようにして打席に入った。