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「あなたが甲子園に出りゃええ」広陵・中井哲之監督からの一言で、おかやま山陽監督は甲子園を本気で目指した…「甲子園は世界に野球を広めるための手段」
posted2023/08/17 06:02
text by
堤尚彦Naohiko Tsutsumi
photograph by
Nanae Suzuki
この夏、日大山形、大垣日大と日大系列の甲子園常連校を撃破し、「甲子園3勝」の目標へあと1つにせまった、おかやま山陽高校。
そのチームを率いるのが、堤尚彦監督だ。監督就任当初、チーム運営に苦しむ中で転機となった「3つの出来事」を『アフリカから世界へ、そして甲子園へ 規格外の高校野球監督が目指す、世界普及への歩み』(東京ニュース通信社、2023年7月発行 講談社発売)から一部抜粋して紹介する。(全4回の第3回/前回は#2へ)
そのチームを率いるのが、堤尚彦監督だ。監督就任当初、チーム運営に苦しむ中で転機となった「3つの出来事」を『アフリカから世界へ、そして甲子園へ 規格外の高校野球監督が目指す、世界普及への歩み』(東京ニュース通信社、2023年7月発行 講談社発売)から一部抜粋して紹介する。(全4回の第3回/前回は#2へ)
興譲館初出場で、町から“人が消えた”
そんなとき、悩める私に3つのきっかけとなる出来事が舞い降りた。
1つ目は08年春のセンバツに、興譲館が初出場したことだった。興譲館は岡山県の西部、井原市に所在し、おかやま山陽のある浅口市からもほど近い。その井原市にある数少ない高校である興譲館が初の甲子園出場を果たし、地元は沸いた。甲子園初戦には、多くの市民が駆け付け、試合日は誇張抜きで町から“人が消えた”のだ。
私もおかやま山陽を浅口市の人々から応援されるようなチーム、地元の選手が入学したいと思ってくれるチーム、「地域から愛される野球部」にしたいと心の底から思った。
広陵との練習試合
2つ目は、広島の名門・広陵の中井哲之監督との会話だ。力のある選手たちが多数いた就任当初に練習試合をしてもらったのだが、それ以降はおかやま山陽の戦力ダウンにより、少し疎遠になっていた。依然として戦力差はあったが、広陵に有原航平(現・ソフトバンク)が在籍していた10年から練習試合を再開した。
広陵が10年春のセンバツで4強入りを果たした直後に対戦し、打線は有原から5球で1点を奪う速攻に成功。だが、そこから投手陣と守備陣が踏ん張れず、あえなく逆転を許した。
中井先生からも話をしてくれませんかね?
ダブルヘッダーの第1試合と第2試合の間に中井監督と談笑していると、私の夢が話題に上った。私自身が使命と考えている「世界に野球を広める」という夢だ。