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海外サッカーPRESSBACK NUMBER
W杯を作った“世界一のトロフィー職人”は内気なイタリア人だった 「私にとって毎日食べるパン、愛娘のようなもの」95年の美しい人生
posted2022/12/18 17:01
text by
弓削高志Takashi Yuge
photograph by
Kaoru Watanabe/JMPA
“ワールドカップを作った男”は、小柄で内気な北イタリアの彫刻家だった。
1971年、ミラノの金属装飾会社でアートディレクターと彫刻技術の指南役を務めていたシルヴィオ・ガッザニガは、FIFAが新しいワールドカップのデザインを公募していることを聞きつけた。
前年のメキシコW杯で、ブラジルが3度目の優勝を果たしていた。当時の規定によって、優勝トロフィーであるジュール・リメ杯は南米の王国が永久保持することになり、2代目トロフィーの製作を迫られたFIFAはそのデザインを広く世界中から募った。
躍動感にあふれながらも流れるようなシルエットでなければ
「一世一代のチャンスがきたと思った」
高校を出て19歳で金属装飾の世界に入ったガッザニガはちょうど50歳になったところで、長年培ってきた仕事ぶりを世に問いたいと期するものがあったらしい。
工房に1週間こもり、デッサンを描き、造形粘土をこね回した。閃くものがあり、高さ30センチほどの石膏モデルを一気に造形すると、実物大の立体物としてコンペに出品した。
コンペの応募要項に立体物出品についての記述はなく、受け付けてもらえない恐れもあったが、あに図らんやFIFAの審査員たちはガッザニガの石膏モデルを絶賛。実際に手にとって握り心地をリアルに体感させ、テレビ映りを想起させたことが大いに審査員の心証を良くした。
「私が作りたかったのは、スポーツにある根源的な価値と調和、つまり歓喜する選手とそれを受容するこの世界そのものの2つだ。それを表現するために、トロフィーは躍動感にあふれながらも流れるようなシルエットでなければならなかった。主役たる選手が勝利によって(精神面での)巨人へと昇華する様だ」
ガッザニガの造形へのこだわりが、世界25カ国から集った52案に競り勝ったのだ。
彼の働くベルトーニ社で製作が開始され、すぐに金塊が溶かされた。高さ36.8cmの新トロフィーは、翌72年1月に世界へ御披露目された。
“カネは出すから作って”という依頼は全てお断り
2022年12月16日現在、グーグルによれば18金買取価格は1g=6441円らしい。重量6175gの「FIFAワールドカップ」の値段は、あくまで材料費としての単純計算で約4000万円ということになるが、全人類への影響力を考えれば破格値といえまいか。
ただし、どれほど札束を積み上げようが、製造元のベルトーニ社からあのトロフィーを購入することはできない。先代の3代目社長ジョルジョ・ローサは理由を説く。